第5話 デスノートのデメリット
1
6時間目は来週がテスト週間ということもあってか、自習になった。
英語の小原先生も、なにかあれば職員室に来るように、とだけ伝えると早々に教室から出ていってしまい、受験生の自覚が無いクラスメイトの何人かは、自由時間と勘違いして、隣のクラスに聞こえない程度の声量でおしゃべりを始めた。
ツヨシも自習を始めて15分ほどは、集中して過去問に取り組んでいたのだが、先生が用意した過去問を全て解き終わってしまったのと、クラスメイトの話し声が大きくなってきていたので、手を止めて、机に肘をついて窓の外を眺めていた。
高校に通うのも後半年を切った。
ツヨシは何も変わらない日々に退屈していた。
毎日毎日同じことの繰り返し。
この世は腐ってる…
こんな簡単な過去問、やらなくたって成績は大して変わらないのに。
ツヨシが見つめる窓のずっと向こうでは、たくさんの男子生徒が、楽しそうにサッカーボールを追いかけている。
みんな馬鹿だな。
ツヨシは昔から勉強も、スポーツも得意だった。
かけっこではいつも1番だったし、小学校、中学校の全てのテストで満点を取っていた。
高校に入ってからもそれは変わらず、部活でやっていた硬式テニスでは全国大会で優勝、模試の結果もオールA判定、望めばどこの大学にだって入れるほどの学力を既に有している。
残りの高校生活、ツヨシはやることがなくなってしまったのだ。
サッカーボールから目を離し、陽が当たってオレンジ色になっている体育館に目をやると、視界の端に、“何か”が見えた。
体育館と校舎を繋ぐ短い歩道の近くに、黒いものが落ちていた。
ツヨシはなぜか、その黒いものが気になって仕方なくなってしまった。
教室を出て、トイレへと続く廊下を歩いていき、トイレには入らず階段を降りてゆく。
途中空き教室を通り過ぎて、校舎を出ると、その黒いものの正体がわかった。
それは一冊のノートだった。
表紙にはアルファベットで “DEATH NOTE” と書いてある。
デスノート、直訳で死のノート。
表紙は真っ黒に白字で文字が書いてある以外は、何も書いていない。
一枚表紙をめくると “HOW TO USE” とあり、英語でこのノートの使い方を記しているようだ。
「全部英語か…面倒だな」
ツヨシは単なる好奇心で、そのノートを小脇に抱えて、教室へと戻り、鞄へノートを隠した。
2
放課後、学習塾を終えて、ツヨシは玄関のドアを開けた。
自分の部屋に戻る途中、さっき拾ったデスノートを開いて、使い方を確認した。
『このノートに名前を書かれた人間は死ぬ』
ははは。
ったく病んでるな。
なんで皆、こういうくだらないのが好きかな。
不幸の手紙から全然進歩しちゃいない。
『書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない、ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない』
『名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くとその通りになる』
『死因を書かなければ全てが心臓麻痺となる』
『死因を書くと更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間を与えられる』
つまり、殺したい人物の死因を書き、楽に死なせることも出来れば、苦しんで死なせる事もできるという事だ。
「名前を書くと死ぬか…くだらない」
ツヨシはベッドにごろんと横になると、そのまま眠ってしまった。
3
1週間後、学校を終えて、友達と別れた後、玄関のドアを開けると母が満面の笑みでツヨシを待っていた。
「はい」
ツヨシは貰ったばかりの模試の結果を母に渡して、階段を上がる。
「まあ!また全国共通模試、全国で一位!」
母が嬉しそうに言った。
「まあね。じゃ、勉強するから邪魔しないでね」
「はいはい」
階段を上がる途中でまた母が声をかけてきた。
「あ ツヨシ、何か欲しいものはない?何でも言って」
「ないよ、母さん」
欲しいものは手に入った…
ドアを閉め、部屋の鍵をかける。
一息ついた後、テレビの電源を入れて、勉強机に腰掛ける。
スリープモードにしていたパソコンも起動させて、机の引き出しから “あの” ノートを取り出し、机に広げる。
これだ、僕の欲しいものは。
この前校庭で拾った時は、ただのイタズラかと思ったがそうじゃない。
このノートは、本物だ。
ツヨシはいつのまにか、ノートを両手で持って、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふ…」
すると突然、背後から声がした。
「気に入ってるようだな」
振り返ると、背丈は2メートルを越すであろう、大男が立っていた。
男は、全身を黒の、レザーで包まれたような服を着ていて、目はギョロッと突き出ており、明らかに普通の人間ではない。
「う、うわっ…」
ツヨシは驚き、椅子から転げ落ちてしまった。
男は淡々とツヨシに告げる。
「何故そんなに驚く、そのノートの落とし主 死神のリュークだ。さっきの様子だともう、それが普通のノートじゃないってわかってるんだろ?」
「し…死神」
ツヨシは最初、信じられなかった。
だが、その死神が告げた事と、自分が拾ったノートの能力を考えると、彼が死神だというのは、驚くほどすんなり理解できた。
「死神か…」
死神は、何も言わずにツヨシを見つめている。
その目の奥は冷たくツヨシを写す。
「驚いてないよ、リューク…いや、待ってたよ、リューク」
「ほう」
「死神まで来てくれるとは…親切だ。僕は既に『死神のノート』を疑っていなかったが、こうしていろんな事を直視する事で、ますます自信を持って行動できる。それに、聞きたい事もある」
ツヨシは死神リュークに、自分が今まで書いてきたデスノートを見せた。
「くくっ…これは凄い!逆にこっちが驚かされた。過去にデスノートが人間界に出回った話は何度か聞いたが、たった1週間でここまで殺ったのはおまえが初めてだ!並じゃビビってここまで書けない」
「……覚悟はできてるよリューク…僕は死神のノートをわかっていて使った…そして死神が来た…僕はどうなる…?魂を取られるのか?」
「ん?何だそれ?人間の作った勝手な空想か?…俺はおまえに、何もしない」
「……」
「人間界の地についた時点でノートは人間界の物になる。もうお前の物だ」
「僕の物……」
「いらなきゃ他の人間に回せ、その時はおまえのデスノートに関する記憶だけ消させてもらう。そして…」
リュークが部屋の窓から、羽根を広げて外へ飛び出し、電信柱の上に留まる。
「元俺のノートを使ったおまえにしか俺の姿は見えない、もちろん声もおまえにしか聞こえない」
確かに電信柱の下では、2人の女子高生が話をしながら歩いていたが、リュークに気付くそぶりは見せない。
「デスノートが、人間 ツヨシと死神 リュークを繋ぐ絆だ」
「絆……」
リュークがまた羽根を広げて、部屋へと戻ってきた。
「じゃあ本当に、デスノートを使った代償って何もないんだな?」
「…強いて言えば…そのノートを使った人間にしか訪れない苦悩や恐怖、そして、俺が見えるようになる代わりに、ひとつだけおまえの見ている世界に矛盾が生じる。それだけだ」
「矛盾…」
「くくっ…テレビを見てみな」
ツヨシがテレビに目をやると、ダウンタウンDXが流れていた。
司会のダウンタウン浜田雅功が、『続いて谷村新司ー!』と大声でゲストを紹介している。
するとカメラが切り替わり、誰もいないはずの空間を映していた。
またカメラが切り替わり、右手のひな壇全体のカットに変わったのだが、ひな壇の一番奥に空席がある。
ひな壇ゲストたちは皆、なぜか空席を見つめながら時折うなづいている。
ツヨシは異変に気付いた。
「気付いたか?くくくっ…」
リュークが不敵に笑う。
ああ、何という事だ。
デスノートを拾って、死神リュークが見えるようになった代わりに、谷村新司が一切見えなくなってしまったのだ。
テレビ画面からは、空中で不思議な動きをするピンマイクが、他のゲストから爆笑を掻っさらい、恐らく頭部にあたるだろう空間に、浜田雅功が軽めにツッコミを入れると、爆笑は更に大きくなった。
ツヨシはもう、昴が聞けないんだな〜と悟ると、わざと声を出して、大きなため息をついた。
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