第10話 名探偵先入観
※本話内には多大なる先入観が含まれている事を事前にご了承ください。
1
イタリア、シチリア島。メッシーナ港のすぐそばのホテル。
ホテルの1階部分のカフェテラスで、カッティーニ・キメルダはアイスコーヒーを啜っていた。
キメルダは推理をする時、決まってこうする。
考えをまとめて、事件の情報を整理する。
昨夜チェックインしたばかりのこのホテルで、殺人事件が起こってしまったのだ。
被害者は観光でシチリア島にやって来ていた40代の男性。
ホテルの一室でネクタイで首を絞められ、絞殺されていたのだ。
第一発見者である妻の通報で事件は発覚した。
殺害予定時刻は午後11時。
後で分かった事だが、宿泊客の中は被害者の浮気相手の女性も宿泊していた。
また、被害者と金銭トラブルのあった同じく40代の男性、以前に被害者からの執拗なパワハラ、セクハラを受け、うつ病になってしまい退職した元同僚の女性も宿泊しており、被害者は相当、問題のある人物だったようだ。
平和な観光地で突如として起こった、容疑者が複数人いる殺人事件。
キメルダはなぜか、こういったトラブルに巻き込まれてしまう。
本業はフリーの恋愛小説家なのだが、こういったトラブルに巻き込まれ、その度に的確な推理で事件を解決に導いてきたため、周りの人物はキメルダを
「名探偵カッティーニ」と呼ぶ。
本当は甘酸っぱい恋愛小説のネタを探しに来たのに。
「はぁ…」
最後の一杯を啜ると、事件現場の部屋へと足を向ける。
あの人が犯人だ。
なぜ自分は毎回、犯人を見つけ出してしまうのだろうか…
キメルダは鉛のように重い足を引きずりながら、エレベーターに乗り、3階のボタンを押した。
2
エレベーターが開くと、シチリア県警察官が数人、井戸端会議のように話し合っていたが、エレベーターのベルと同時に一斉にこちらを向く。
その会議の中央にいた男がキメルダを呼び止めた。
「おお、これはこれは名探偵カッティーニ」
「ゲッ、またあなたですか、カモネ警部」
トッティモ・カモネ警部が青い目をニヤッとさせて近づく。
こういったトラブルに巻き込まれた際に、必ず遭遇してしまう警部だ。
もとはイタリアの国家憲兵隊・カラビニエリに所属していた筋金入りのエリートだったが、人の言うことをなんでも信じてしまう性格が災いし、とある事件で犯人グループの証言を信じてしまい、誤認逮捕をしてしまった経験がある。
犯罪者にカモられた経験のある彼は、今ではイタリア県警察のいち警部だ。
「そんなこと言わずに!我々はどうやら事件のたびに出会ってしまう数奇な運命のようですな」
「そうみたいですね、カモネ警部」
キメルダの記憶では、彼は以前遭遇した際はロンバルディア県警察だったはずだが。
また左遷されたのか。
「で、今回ももう?」
「・・・まあ犯人は分かりました」
「おお!それではすぐに容疑者を集めさせますよ。いやぁ、あなたの推理ショーがまた生で見られるなんて興奮してきちゃうなぁ」
「あなたの仕事なんですけどね」
「はっはっはっ、こりゃあ一本取られた!おい、容疑者全員に伝えろ。名探偵カッティーニから話があるとな」
「はっ」
警官のひとりがカモネ警部に敬礼し、スタスタと消えていった。
3
集められた容疑者の前で、キメルダは話し始める。
「皆さん、ご足労いただき感謝します。この部屋に泊まっていたアル・モンディーニさんを殺した犯人が分かりました。」
容疑者たちはソワソワと落ち着かない様子だ。
「まずは状況をおさらいしましょう。被害者はアル・モンディーニ。45歳。自動車会社でシステム部長ですね。なかなか問題のある人物だったことは、容疑者であるあなた方からの証言で分かりました。
モンディーニ夫人がホテルの部屋で首を絞められている所を発見したのが午後11時、その間にアリバイのないのがあなた方3人。
モンディーニさんと不倫関係にあった、インスタグラマーのマルティナさん、
モンディーニさんと金銭トラブルがあった、自転車修理屋のマルコさん、
モンディーニさんからのハラスメントが原因で職場を追いやられた、専業主婦のダイアナさん。
あなた方の中に犯人は潜んでいます。」
「で、誰が犯人なんだよ?」
マルコがキメルダを睨みつける。
「は?何ですかその口の利き方は。マルコさん、犯人はあなたですよ!」
全員が驚く。
「はぁ?俺じゃねえって、確かに俺はあいつを───」
「まず前提として、あなたがモンディーニさんを殺害したのは午後10時だ。」
キメルダは突然タメ口を利かれたので、少々苛立ちながら説明する。
「モンディーニ夫人は社交ダンスをやっているそうですね?」
「はい、もうかれこれ15年、いや、結婚した時からだから18年になるかしら」
「ほら、今のように、年数も正しく覚えていない。それは夫人、あなたが社交ダンスをしているからです。情熱的に社交ダンスに取り組んでいたあなたが、正確な時刻を覚えているわけがない」
「そうか!さすが名探偵カッティーニ!」
カモネ警部が合いの手を挟む。
「夫人を利用して殺害予定時刻をずらした事で、他の2人を容疑者として浮かび上がらせたんだ。しかし、他の2人も明確に犯人ではない理由があるんですよ。」
「いや、ちょっとさすがに───」
マルコを無視してキメルダは続ける。
「マルティナさんは不倫関係にあったとはいえ、インスタグラマーだ。彼女にとっては、自分の命より大事なのが彼女のアカウントです。モンディーニさんは彼女のインスタをより映えさせてくれるための、ATMでしかない。インスタグラマーは、自分が大好きだ。だからそんな大好きな自分を危険に晒すような事は絶対にしない。案件がもらえなくなりますからね。だから彼女は犯人じゃない」
「その視点は無かった!さすが名探偵カッティーニだ!」
「おい、いいかげんなこと───」
「専業主婦のダイアナさんも犯人じゃない。
確かにダイアナさんには過去のモンディーニさんから受けたトラウマがあり、殺害する動機は充分だ。しかし、彼女は専業主婦だ。専業主婦は、聞こえはいいが、要は無職だ。巷では専業主婦は年収に換算すると20万ユーロなんて言われているが、専業主婦をやめて年間20万ユーロを稼いだ人を私は1人も見たことがない。つまりそのデータは机上の空論、専業主婦の年収換算なんて現実逃避でしかないんだ。現実から目を背けているだけ。現実から目を背けた人間が、現実で何かアクションを起こせるはずがない。だから彼女は、犯人じゃない!」
「なんて論理的な推理だ!カッティーニ・キメルダここにありだ!」
カモネ警部の合いの手が勢いを増す。
「その点マルコさん、あなたは自転車修理屋だ。以前にモンディーニ氏と金銭トラブルがあったようだが、詳細をお聞きしても?」
「…いや、少し奴から借金をして、返済が滞って揉めただけで…でも奴"には"すでに返済済みだ。」
バツが悪そうにマルコは下を向く。
「モンディーニさんが返済を強く迫ったことで、あなたは他の所から借金をして、首が回らなくなったようですね。そのことを逆恨みしたんでしょう。」
マルコは黙る。
「まさか借金で自転車操業ですか、自転車修理屋のあなたが。自分の懐事情という名の自転車は修理できずに、他人の自転車は修理していた訳か。やはり犯人はあなたですね。そうやって自転車のオイルで汚れた手は、殺人という罪でさらに汚れてしまったようだ。今度の汚れはなかなか落ちないでしょうね。自分の首が回らなくなったからって、心のチェーンが外れたからって、何もかもモンディーニさんせいにして首を締めても、あなたの人生は前には進みませんよ。外れたチェーンはあなたが修理すればいいんだ。あなたにはそれが出来る。さぁ、自首して下さい。」
「さすが名探偵カッティーニ、なんかいろいろ掛かっていた気がするぞ!」
カモネ警部がメモを取りながら興奮している。
「おい、勝手に決めるな!」
マルコが叫ぶ。
「───と、言いたいが、さすがだ、名探偵。ああ、俺がモンディーニを殺ったよ。」
「これにて、一件落着だな。マルコ・ウラミッリ、貴様を逮捕する」
カモネ警部がマルコに手錠をかける。
「しかしアンタ、動機以外のトリック的な部分は、全然指摘しないんだな。そこはちょっと驚いたぜ。大丈夫なのかよかそれで」
マルコは笑いながらキメルダに話しかけた。
「は?殺人犯が話しかけないでください」
カッティーニ・キメルダは、まだ少し苛立っていた。
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