マーマーレード
陸太朗
第1話 道におっぱいが落ちていた
1
8月10日。
和希が目を覚ますと、もうすでに太陽は和希の顔全体を照らしていた。
枕元のデジタル時計を見ると時間は7時丁度を表示している。和希は慌ててベッドから飛び起き、階段を降り、突き当たりにあるトイレへ入った。
5分ほどしてトイレからジャーっという音とともに和希は飛び出したが、スッキリした表情をする余裕もなく、リビングへ向かい、冷蔵庫の中にあったオレンジジュースを一気飲みしてから、母親が出してくれていた朝食のトーストを口に入れた。
「さっきから何回も起こしてたでしょう、お母さん仕事だから、今日は自転車で行くんだよ」
「おう」
短い会話を交わすとすぐに、母親は玄関のドアを開けて仕事へ行ってしまった。
テレビの右上の時計は7時10分をまわっている。
もう一度冷蔵庫を開けてオレンジジュースを飲んだあと、和希は二階へ戻り、制服に着替えて一階に戻ったあと、洗面所で顔を洗い、簡単に歯を磨き、テレビを消して、玄関のドアを荒々しく開けて学校へ向かった。
和希の家から学校までは自転車だと15分、車だと5分ほどの距離にあり、この辺りの高校生はみんなそこに通っていた。
今日は夏休み中の出校日だった。7時半から全校朝会がある。
和希はとにかく自転車を精一杯漕いでいた。
学校へ向かう途中、川べりに自転車や原付じゃないと通れない幅の小道があるのだが、そこを通った方が近道になる。
和希は迷わずそこを選択して、さらに自転車を漕ぐスピードを上げた。
激しく流れる和希の視界の端に、一瞬、目を疑うようなものが入ってきた。
和希は急ブレーキで自転車を停め、それを見るために振り返った。
それは、紛れも無い「おっぱい」だった。
紺色のアスファルトの上に、肌色のおっぱいがひとつ、落ちていた。
和希は自転車から降りて、おっぱいの下へと歩いた。
和希は高校一年生なので、おっぱいを直に見たことも、ましてや触れたこともない。
自分が遅刻ギリギリのことなど頭の中から消え去り、和希はただじっと、しゃがんで、そのおっぱいを見つめていた。
恐る恐るおっぱいを触ると、なんとも言えない柔らかさで、和希はしばらく道のおっぱいを揉んでいた。
ふと、我に返った和希は、この光景を見られていないか辺りを見回して、このおっぱいを隠すことを考えた。
おっぱいを拾って、学生鞄の中にしまおうと考えたのだが、どうやらおっぱいは道にくっついているようで、乳首の部分を引っ張っても取れなかった。
焦り出した和希は、モグラ叩きのイメージで、両手でおっぱいを力一杯地面に押し込んだ。
するとおっぱいは完全に消えて、跡形もなくなった。
安堵の表情を浮かべた和希だったが、全校朝会のことを思い出して、再び自転車を全速力で漕いでいった。
2
全校朝会を終えたあと、学年主任の先生に遅刻のことを注意され、教室に入った和希は、クラスの異様な空気に気がついた。
クラスのマドンナ的存在の、森田さんの様子がおかしいのだ。
森田さんを数人のクラスメイトが取り囲み、詳しくはわからないのだが、森田さんが泣いていることは分かった。
担任の先生が教室に入ると、先生も森田さんの様子がおかしい事を察知して、誰かを付き添わせて保健室に行くよう指示を出した。
森田さんは泣きながら教室を後にした。
クラスメイトは口々に、かわいそう、あんな風になっちゃったらねえ、などと言っていた。
事情を全く知らない和希は、隣の席のミチコちゃんに聞いてみた。
「ミチコちゃん、森田さん、どうしたの。」
「なんかね、全校朝会のときに、いきなりおっぱいが3つになっちゃったんだって。」
「えっ、えっ?」
「あたしも人から聞いたからよくわかんないよ。ただ、全校朝会のときになったらしいよ」
和希は、自分のせいだと思った。
3
ホームルームの後、和希は急いで保健室へと向かい、森田さんに事情を説明した。
森田さんは信じられない様子だったが、事実として自分のおっぱいが3つになっている状態を確認して、なんとか信じてくれたようだ。
「それで、和希くんが私のおっぱいを3つにしたって事?」
「うん、だから、押し込んだらまたあの道におっぱいが出てくると思うんだ、森田さんもおっぱいが2つに戻るし、それで解決すると思うんだけど。」
「…分かった。でも、私本来のおっぱいには絶対触らないでね。」
「約束するよ。で、どれがあの道のおっぱいかな。」
「真ん中のやつ。早くしてよ」
真ん中のやつは森田さんの3つのおっぱいの中で、一番大きなおっぱいだった。
「ふんっ」
和希は力一杯真ん中のおっぱいを押した。
するとおっぱいは消え、森田さんのおっぱいは2つに戻った。
「和希くん、ありがとう…」
森田さんの目にはうっすらと、涙が浮かんでいた。
4
和希は森田さんと一緒に教室に戻った。
教室では担任の先生が、夏休みの追加課題を配っているところだった。
森田さんは席に着くとすぐ、周りの女子からの質問責めにあっていて、和希は女子たちからの視線をなるべく感じないように、下を向いて机の木目を見つめていた。
先生が追加課題を配り終えると、今後の過ごし方などを簡単に伝えた後、学校はお開きとなり、各々が帰り支度を始めていた。
「和希くん」
声をかけてきたのは、クラスの女子数人だった。
和希はセクハラで訴えられるのではないか、もしくは、先程森田さんのおっぱいを(本人のものではないといえ)触ってしまった事を咎められるのではないか、と恐々としていた。
「和希くんさ、一瞬でダイエットできる方法知ってるって本当?」
「え、なんのこと?」
「ほら、さっき森田さんにやったやつ」
「いやあれは…」
「ズルイよ、森田さんが可愛いから、和希くん森田さんの事好きだからやったんでしょ、でもそれはズルイ。あたし達にもやってよ」
森田さんの口から情報が間違って伝わったようだ。
「いやでも、おっぱい触るんだよ?俺のダイエット方法はおっぱい触るんだよ?」
「それでもいいよ、森田さんにだけってのが気に入らないの」
「おっぱい触ってもいいから早くやってよ」
「早くしてよ」
「ほら、今なら私たちしかいないからさ」
和希は高校一年生。ただただおっぱいが触りたい年頃だった。
彼女たちに嘘をついてしまう罪悪感よりも、合法的におっぱいを触れる喜びの方を優先してしまった。
女子数人のおっぱいを押し込んだ後、和希の前には「おっぱい押し待ち」の女子で長蛇の列が出来ていた。
夏休みの出校日、午前中で終わったはずの校舎から、夕方、和希と沢山の女子生徒は下校していった。
5
興奮と、安堵と、喜びが入り混じって和希は疲れていた。
自転車を押して家へと帰る途中、あの川べりの小道を通った。
しかしそこには、おっぱいは一つも落ちていなかった。
6
和希が家に帰ると、父親がリビングでテレビを見ていた。
「おう」
「ただいま、メシは?」
「今母さんが作ってる」
「あっそ。」
和希は二階の自室へ向かい、制服から私服に着替えて、ベットに寝そべり、あの小道のおっぱいを思い出していた。
…もう誰かが押してしまったのかな。
いや、押していたら再び森田さんのおっぱいは3つになっているはず。そうしたら森田さんから連絡があるはずだ。
ケータイを見ても森田さんから連絡はない。
「和希ー!ご飯できたよー!」
一階から母親の声がする。
和希はもやもやした気持ちのまま、階段を降りてリビングへ向かった。
そこで和希はぎょっとした。
父親の横に、無数のおっぱいでできた球体のようなものが、普段母親が座る椅子に乗っていた。
直径約1メートル50センチ、そいつが、父親と楽しげに会話している。
球体が和希に話しかけてくる。
「今日はちらし寿司よ、後でかき氷も作るからね」
どうやらその球体は、和希の母親らしかった。
和希が驚きのあまり固まっていると、また球体が口を開いた。
「どうしたの、母さんの顔になんかついてる?」
まず顔がどこかわからない。
そして、口がどこかもわからない。
手や足も、埋没してしまったのか、無数のおっぱいしか見当たらないのだ。
和希は怖くなって、何も言えなくなってしまった。
とりあえず椅子に座り、元母親、現おっぱいボールの用意してくれたちらし寿司を頬張る。
美味しい。
おっぱいボールは「美味しい?」と和希に聞いてきた。
和希が頷くと、おっぱいボールは「かき氷もあるからね」と呟いた。
おっぱいボールは、元母親の部位で言えば腰骨のあたりで、ちらし寿司を食べた。
和希は、そこが口なのか、と感心した。
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