第20話 オオカミ少年の村
中世、ヨーロッパ某所。
旅人は疲れ果て、荷馬車を横目に、ふと足を止めた。
東へ向かって、当てもない旅をしてきたが、ここらで少し休憩と行こうじゃないか。
荷馬車を追って、川を渡り、橋を越え、とある村へたどり着いた。さほど大きくはない。
旅人がたどり着いた村には、中央に噴水を構えた立派な広場があったが、水は流れておらず、辺りは木枯らしが吹いていた。
ヨーロッパではどこも不景気だ。
モンゴルとかいう国が西側諸国へ侵略を開始したせいで、ミドル・イーストから人々が押し寄せ、食べるものに困っている人は増え、人々の間には重苦しい雰囲気が広がっている。
ここもそうらしい。
噴水の広場で村人たちがざわざついていた。
旅人が不思議に思い人溜まりに近づくと、突然、中央から叫び声が聞こえた。
「出たー!オオカミが出たぞー!」
旅人は驚き、周囲をキョロキョロしながら警戒するが、村人たちは誰一人動じないどころか、鼻で笑っている。
旅人が辺りを見回しても、村人たちは信じていない様子で、嫌疑の目を叫んだ少年に向けている。
次の瞬間、別の村人がまた叫んだ。
「出たー!ドラゴンが出たぞー!」
旅人は慌てて上空を見上げるが、村人たちは「ケッ どうせまた嘘だろう」と悪態をつき、肩をすくめている。
困惑する旅人に村人の一人が話しかける。
「おい、あんた、見ない顔だな。この村の人間じゃないだろ」
「ええ。オオカミとドラゴンが出たって本当ですか?」
「いいや?あいつらは毎日こんな感じなんだ。もっとも誰も信じないがな」
とニヤリと笑った。
「そうなんですか、でもなぜ彼らはそんな嘘を?」
「俺が知るわけねえだろ。あいつらは頭がおかしいんだ。この村の奴らは全員嘘つきだ。アンタも惑わされないように気をつけな。」
「そうなんですか。」
「俺はこの近くでカボチャの専門店をやってる、良かったら後で寄っておくれ、安くしとくよ」
「ええ、是非」
「活きのいいのを用意してやる。ヘルメットを忘れるなよ」
「ヘルメット?なぜ?」
「なぜって、カボチャが襲ってくるからに決まってるだろ!ガハハ!何でそんなことも知らないんだ、あんた。」
すると、今度は少し離れた場所から別の叫び声が響いた。
「ゴリラがいるぞー!この中にゴリラが紛れてるぞー!」
と、ゴリラのような見た目の毛むくじゃらの男が叫んでいた。
旅人は
あいつはガチゴリラじゃないか?ここにはフィリピンバナナもないのに!
と不安になったが、
村人たちは「おい、そんなあからさまな嘘はいい加減にしてくれ」と飽きれている様子だ。
その後も、次々と村人たちは騒ぎ立てる。
「パイプオルガンの群れが出たぞー!」
「うちの塾から現役合格が出たぞー!」
「私はとってもいい女だぞー!」
旅人は村人たちが出す大声にビクビクしているが、それ以上にこの村の様子に違和感を覚えた。
誰1人、他人の言葉を信用していない。
彼らがいくら叫んでも、村人たちはまるで何事もないかのように「嘘に決まってる」と鼻で笑うばかり。村人の一人が、呆然としている旅人に肩を叩きながら、「まあ、これがこの村の日常さ」とニタニタしながら答えた。
「ここの人たちは、嘘しか言わない呪いにでもかかっているのですか?」
旅人は尋ねた。
「いいや、みんな嫌なやつなのさ。」
村人はニヤリと笑って言った。
「本当は、うちの村にはね、夜になるとオレンジ色の月が出るんだ。それを見た人は、次の朝、必ず目が三倍に膨らんでるんだよ」
「三倍に膨らむ?」旅人が驚くと、村人はまたうなずき、「そう、最初は怖いけど、慣れるとちょっと楽しいんだ。バレーボール大の大きさで、勢いよく振り向いたりなんかしたら大爆笑間違いなし。
そんなことよりも、さっきの話を聞いてたら、あんたも目を膨らませてみたくなっただろ?」と意味深に笑った。
「…」
旅人は無言でその村人の元から去り、宿を探した。
言葉は同じなのに、彼らが言っている意味がわからない。
同じ人間とは思えなくなっていた。
宿は村の外れに、1軒のみ。
寂れた宿だったが、他に選択肢は無かった。
店主に宿賃を渡すと、「あんたが泊まる部屋には夜になると、ベッドやテーブルの影が光の加減でふと人影に見えるようになるはずだ。もしそれが見えたら、そいつはわしの親戚だから、気にしないでやってくれ」と、意味不明な事を言われた。
旅人は、少し考えて、自分も訳の分からない事を言い返せば良いのではないか?と思い、店主に
「私は、身体の70パーセント以上が『遺伝子組み換えでない成分』で出来ているので、大丈夫ですよ」と伝えた。
店主は「は??」と返した。
やがて夕方になり、村全体が少しずつ静まりかえり始めたその時、またもや村の中央から声が響いた。
「美輪明宏が出たぞー!」
すると、村人たちも「またかよ」「嘘だろ」と冷ややかに笑い始めたが、旅人は宿の窓を開け、驚きのあまり「ヒッ」と声を上げた。
その理由は――村の入口に、美輪明宏が立っていたからだった。まばゆい光に包まれ、存在感を放つその姿に、旅人は目を奪われ、ただ見つめる事しか出来なかった。
美輪明宏は静かに村人たちを見渡し、一言、「Def Techとはぐれちゃった」と小さく囁いた。
村全体が凍りついたように静まりかえる中、旅人はポツリと呟いた。
「やっぱり…この村にはオオカミ少年しかいないのか…」
その後、美輪明宏は光に包まれたまま、ゆっくりと村を後にした。
マーマーレード 陸太朗 @huhuhuhehehe
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