第19話 天丼マンの断罪
バイキンマンに捕らえられていた旅人の男性が、アンパンマンに助けを求めて叫んでいた。その時、牢屋の扉が開かれた。
男性の願いが通じたのだ。
しかし、目の前に現れたのは、アンパンでも、食パンでも、メロンパンでもなく、天丼マンだった。
「た、たすけてくれ…」
天丼マンは嬉しそうに頭の蓋を開け、お箸を男性に差し出し、「おっ、よかった、無事ざんすね!これ、食べて元気を出すざんす!」と言って頭を少し下げた。
「え? これは…天丼…?」
「そうざんす!自慢のえびてんがたっぷりの天丼ざんすよ!」
男性は一瞬、どんぶりの中身を見て、その後、深いため息をついて、天丼マンにゆっくりと向き直った。
「これは、あなたが作られたんですか?」
天丼マンは元気よくうなずいた。
「おいらは天丼マン! この特上の天ぷらがたまんねぇんだ! さあ、めしあがれざんす!」
男性は冷静な目で天丼マンを見つめた。
「これ…エビ入ってますよね。」
「え、え…?」
天丼マンはびっくりしてどんぶりの蓋を持ち直したが、男性の目はますます鋭くなる。
「あなた、ほんとうにこれを私に食べさせるつもりなんですか?」
「もちろんざんすよ! だって、おなか減ってるざんすよね?」
男性はゆっくりと立ち上がり、冷徹に言い放った。
「私がヴィーガンでもですか?あなた、どこのどなたか存じ上げませんが、天丼マン?あなたがやっているのは、ただの肉食の象徴に過ぎないですよ。」
その言葉に天丼マンは目を見開く。「え、な、なんのことざんす?」
「いいですか、天丼マン。あなたは自分のアイデンティティを食べ物で表現しているつもりかもしれませんが、それは他の命を犠牲にすることで成り立っている。」
ヴィーガンの男性はさらに近づき、天丼マンの蓋をパカパカさせながら、冷たく一言ずつ言葉を重ねた。
「この中で死んでいるエビは、死にたくて死んだんですか?動物たちが、殺されていくのを見て、それがアイデンティティだと、本気で思っているのですか? 」
「や、やめるざんすよ〜」
天丼マンは、パカパカさせないように手で蓋を覆った。
「あなたが、生き物の、命を、奪うことで得られる満足感、それがあなたの誇りなんですか?ああ?」
天丼マンは言葉を失った。その目の前で、ヴィーガンの男性は力強く語り続けた。
「肉食が環境に与える影響、知ってますか? 温室効果ガスの排出、無駄な森林伐採、そして水資源の浪費。あなたが食べるその肉が、どれほど地球にダメージを与えているか、わかりますか?」
天丼マンはもはや口を開けているだけだった。頭の上のどんぶりの具が、もはやただの食べ物ではなく、自分の無知と愚かさを象徴しているように思えてきた。
「でも…でもおいら、おいらは天丼マンざんす…釜飯どんとか、カツ丼マンとかの方が、もっと悪いことをしてるざんすよ!」
ヴィーガンはさらに冷徹な眼差しで言った。
「あなたが天丼だからと言って、仲間の方が肉を使っているからと言って、それがあなたが正しいことにはならない。あなたはただ、食の快楽に依存して、現実を見ようとしていない。動物の命が犠牲になっている現実を見ないフリをしている。」
その言葉は、天丼マンの心に深く突き刺さった。彼は目を背けたくなったが、ヴィーガンは一歩も引かなかった。
「あなたが天丼マンでいることで、無数の命が無駄に奪われていく。あなたがその「アイデンティティ」を守る限り、私はあなたの天丼を食べることもないし、あなたに助けられた事を感謝することもできない。でも、少なくとも一度、考えてみてください。これまで自分が何を食べ、何を与え、何を信じていたのか。」
「ざ、ざんす…」
天丼マンはただ立ち尽くし、何も言えなかった。ヴィーガンの男性はため息をつき、少しだけ優しく微笑んだ。
「私が言いたいのは、食べ物が全てではないということです。あなたのアイデンティティは、命を奪うことだけに依存するものではないはずです。」
ヴィーガンは少し間をおいて、最後に言った。
「天丼マン、あなたが真に強くなるためには、まず自分の愚かさを認め、そして変わらなければいけません。」
天丼マンはその言葉に打ちのめされ、両手からお箸を静かに手放した。カラカラと音を立てて、お箸は転がっていった。
ヴィーガンが言った通り、自分はただの食の快楽に依存していただけだった。その先に何があるのかを、ずっと見て見ぬふりをしていた。
ヴィーガンはその場を去りながら、一度だけ振り返り、天丼マンに言った。
「あなたも変われる。いつでも遅くはない。」
天丼のつゆが染み込んだエビが、月の光を反射して、少しだけ明るく天丼マンを照らした。
天丼マンはその後、長い間、ヴィーガンの言葉を心に刻みながら、自分とは何で、どうあるべきかを熟考した。
次にアンパンマンたちの元に現れた天丼マンは、大豆由来の人工肉を使用した、自然に優しい天丼を載せてやってきたが、がっこうの子供達は口々に「前の方が美味しかった」と呟いたのだった。
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