第13話 ラブハント
1
アミルは出会いを求めていた。
彼女いない歴=年齢、27歳、職業テロリスト。
テロリストという職業上、出会いは皆無だ。
日々、世間に混乱を巻き起こす事が仕事のアミルにとって、自身の命の価値は摩耗し、薄っぺらい一枚のコピー用紙ほどにしか感じられなかった。
一度でいいから女性とお付き合いしたい。
あわよくば、その先も。
そんな情念一つだけが、アミルを現世に留まらせている理由だった。
生まれた頃からテロリスト集団として育ち、5歳でプラスチック爆弾の製造を覚えた。
8歳になるとイラクのバクーバで最初のテロを行った。
バクーバ市内からバグダッドへ向かう長距離トラックをジャック、爆弾をセットし、バグダッドへ到着したころに爆破する。
最初の仕事は上出来だった。人もたくさん死んだし、テロの費用対効果を考えるとコスパも良かった。
15歳になると思春期を迎え、テロをさぼって学校に通ったり、勉強したりして、仲間たちを困らせた。
盗んだバイクを返したりもした。
大学へ行って勉強してやろうかとも思ったが、さすがにそれは仲間たちを裏切る行為だと思い、更生しテロの道へと戻ってきた。
もうかれこれ20年近く、テロリストとして生きている。
アミルの所属するテロ集団は原則男子のみ。
つまり20年もの間、女を、母を知らずにいたのだ。
アミルの〝恋人が欲しい〟という想いは、もはや常人の域を超えて、一種の狂気の域まで来てしまっていた。
「ラブハントって知ってるか?」
アミルに仲間のムハンマドが聞いた。
「知らない。何だそれ」
「携帯のアプリだよ。俺たちみたいな出会いを求める男女が使う、いわゆる出会い系アプリってやつだ」
「出会い系アプリ?? ムハンマド、詳しく教えてくれ」
「オッケー。いいか、まずこのアプリにお前の写真、名前、それからささやかな情報を入力する。好きなタイプだとか、趣味とか、仕事とか。それが終われば、お前のプロフィールが完成する。このプロフィールを女たちが吟味し、気のある奴は『ラブ』ボタンを押すんだ。もちろん、お前も女どものプロフィールを読んで、気になった奴には『ラブ』しろよ」
「なるほど…それで、『ラブ』したらどうなるんだ?」
「相手に通知が行く。相手がお前の事を気に入れば、『ラブ』を返してくれる。そうなりゃ『ラブラブ』状態だ。『ラブラブ』状態になると、お互いにメッセージを送り合う事が出来るんだ。それで、デートの約束をする事ができる。それがこのアプリ、『ラブハント』だ」
「ラブハント…おお…」
「インストールしてみな。完全無料だからさ。使ってる奴は多いぜ」
「ムハンマド…おお…ありがとな…」
「ははは!お前、興奮しすぎだぜ!ここはイラクだ。大体の女はチャドルやヒジャブしてるから、顔しか見れないがな。
あっ、でも1回、チャドルにマスク、サングラスをしている写真をプロフィール画像にしている女がいてさ。どうやって『ラブ』の判断をすればいいのか分からなかったぜ。まあ『ラブ』しといたんだけどな!ははは!」
そう言い残すとムハンマドはプラスチック爆弾の製造へと戻った。
アミルは早速アプリをダウンロードし、自分が一番格好良く写る角度で自撮りをし、プロフィールを入力した。
名前:アミル
職業:テロリスト
年齢:27歳
趣味:爆弾テロ
特技:自爆テロ
資格:爆検2級
好きなタイプ:反乱分子
こんなもんだろうか。
その日、アミルはラブハントの登録を済ませると、アジトのベッドで目を閉じて、眠気を待った。
ここでこのまま、女子たちのプロフィールを拝謁しても良かったのだが、それだとアプリ側に「前のめり」なユーザーとして判断されそうだったし、それは癪だった。
アミルはあろうことか、アプリに対しても格好をつけていたのだ。
テロとは違う種類のドキドキした感情が、アミルには初めてだった。
2
翌日、アミルは午前5時に起床した。
テロリストの朝は早い。
遠い東洋の国、ジャパンには、『早起きはサンムーン・ノルディック』という言葉があるらしい。
昔、テロ活動を取材したいとやって来た、ジャーナリストのジャパニーズから教えてもらった。
言葉の意味は分からないが、アミルは音の響きが好きだった。
早起きすると良いことがあるような事を言っている気もするので、それだけの理由でアミルは早起きを継続していた。
携帯をチェックすると、1件の通知。
【LoveHunt】
1 "الحب" وصل! انقر للتحقق من ذلك الآن!
(日本語訳)
【ラブハント】
1件の『ラブ』が届いています!タップして今すぐチェック!
震えた。
間違いなく『ラブ』が届いてる。
アミルは、身体中が総毛立つのを感じた。
これまで感じたことのない緊張感。
爆弾テロとはまた違う、ヒリヒリと心臓が燃えるような感情。
これが恋なのか、と思った。
いや待て、まだ誰から『ラブ』が届いているのか見ていないのに、恋が始まるわけがないだろう。
冷静になれ。
アミルは自分を落ち着かせ、信じられないほど震えている左手の人差し指で、通知をタップする。
ラブハントが開き、
1 "الحب" وصل! انقر للتحقق من ذلك الآن!
(1件の『ラブ』が届いています!タップして今すぐチェック!)
とポップアップが表示される。
それをタップすると、遂に相手のプロフィールページへと画面が遷移した。
名前:インリン・オブ・ジョイトイ
職業:グラビアアイドル・女優
年齢:ひみつ❤︎
趣味:人間観察
特技:中国語(北京語)、台湾語
スリーサイズ:B86,W59,HB86
好きなタイプ:優しい人
アミルは彼女のプロフィール写真を見つめ続けた。
イラクでは女性の肌の露出に厳しい制約があり、グラマラスなボディを普段眼にする機会は皆無だ。
「アジア系の美女が…俺に…」
「『ラブ』をくれた!!!」
即、『ラブ』をタップ。
画面が切り替わり
تهانينا! نحن في حالة محببة!
(おめでとう!『ラブラブ』になりました!)
というポップアップとともに、メッセージ画面へと切り替わった。
アミルは嬉しさのあまり、ぴったり5分間、放心状態になってしまった。
時間に正確な性格が、こんな所でも発揮されてしまっていた。
空を見つめて、呆然とする。
この日のアジトの空は、雲ひとつない快晴。
「ああ、世界って美しい…
いや、ふつくしい…」
アミルの目から一筋、涙がこぼれ落ちた。
アミルは、ようやく「恋」を知った。
しかしこの時、アミルはまだ知らなかったのだ。
相手もテロリストだという事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます