第14話 声に出して読まないで


1

横縞の服を着た、邪(よこしま)な男が横浜から北へ歩いて来た。

男は橋の端を、餅をつまんだ箸を持ち、医道へ異動した友人の下へ移動していた。

友人は医師になる意思が固く、医師免許のため石の上にも3年と日々、研鑽していたが、このままでは健さんとの関係にヒビが入る、健さんといると気が散る、chillできないと、勉強のため頑なにもう家宅から出ないと堅く語られてしまったのだ。


男には健二という名前が付いている。検事の仕事に就いており、父親の事務所を継いでいる。ついでだが、ツインテールの女性が好きで、次いでツインテールの女性が注いだお酒が好きだ。つい泥酔してしまう。


友人の家宅に着いて、ドアホンを突いてみると、ドアホ!と友人の兄の翔さんが怒鳴りながら現れた。

翔さんは小3の頃、硝酸をかけられても死なないと賞賛された事がある。

この人と戦っても勝算はない。


翔さんは男に言った。

「どうしたんだ、同志よ。同市に住んでいるのをどう知ったんだ。」

「友人に会わせて下さい。併せて、わたしが犯した失態を拭わせて欲しいのです」

「知ったことか。失態は実態のないものだ。おかしいか。オメーを叱咤するが、汚名は拭う事はできない。そんな考えは脱ぐんだな。」

翔さんの言葉に圧倒された男は、あっという間にアットホームへと帰ることにした。


帰路に着く道中の途中、男はKiroroを再生中。現在4km走行中。気苦労の多い午前中だ。

ハイチュウが食べたい。酎ハイも飲みたい。

アル中の健二は、午前中から手中に焼酎を手にする背徳感に夢中だ。

健二が幹事を務める飲み会は、短時間で大惨事となる。一度、健二の知り合いの判事も臨時で参加したが、珍事、難事ばかり。

「飲み会は深夜3時から軍事訓練のようにテーブルの掃除をさせられ、返事が遅れると眼鏡のヒンジで痛めつけてくる、断じて感じのいい男ではない。」と判事は健二について論じていた。

そのため、友人は健二との飲み会を禁じたのだ。信じられなかった。


公道横の講堂前、坑道跡を改築したコンビニでハイチュウを買い、友人にしてきた行動を思い返して自戒する。

実家から出てくれたら、次回もし友人に会えるのなら、それは時価1000万の価値がある。

そんな事を思考していると、歯垢の違和感。歯科で治療を施行したはずなのに、至高の嗜好品(ハイチュウ)のせいだろうか。四股を踏んでみると、違和感は失効した。よし、攻略完了。


友人の行く末を憂ながら、男は期間限定発売の酎ハイの空き缶を片手に帰還。

気管支炎を患っている期間は酒類の摂取を節酒しなければならなかったが、もう医者の忠告など効かん!と聞かん坊になっていた。

その日の夜は、金環日食だった。




2


あれから8年が経ち、顕示していた健二の検事としての立場はたちまち立ち消えてしまった。断ち切れなかった酒が原因で、避けられない事故を起こしてしまい、相手がジーコ元日本代表監督だったため、世間から自己中と叫ばれ、地獄を見たのだ。判事に執行猶予判決を地声で下され、自業自得だと悔やんでも、すべては事後。時効にはならない。心も裂けてしまった。酒も鮭も、もう美味しくなかった。


いまや友人たちには縁を切られ、延々と円を描きながらエンエンと泣き喚くしかできなかった。

飲み会に顔を見せると縁起が悪いと殴られ、涙を流せば演技だと怨恨の眼差しを向けられた。

すべて皆、昔健二がすべからく総べていた仲間にしてきた術だ。昔からスベってましたと、かつての仲間が口を滑らせていた。


アルコール中毒なのは分かっていた。

断つべきだが、断ち切れない。医者からこうせい、ああせいと抗生物質を処方されたり、禁酒計画を構成され、アルコール中毒者の更生施設を紹介されたが、鋼製で高性能のビールサーバーを交際相手にもらった事がきっかけで、更生は後世でしようと、断酒の想いをダンクシュートしてしまった。老後は厚生年金もあるし。

時間が経つと、アル中も個性だと、辰年の健二は攻勢になっていた。


もはや立つこともままならないまま、ワガママなところが可愛いママに会おうと馴染みのスナックへ、部屋着のまま、まあまあな速さで移動していると、まあ、移動経路に井戸が。

緯度を間違えたか?と意図しない展開に目が点に。

背中から「メガンテ!」とガテン系のような声。

合点、誰かがドラクエをやっているな。


健二は振り返る。そこには、医道へ異動した友人が振替休日を利用して佇んでいた。

インドア派だった彼をこんな炎天下で見るのは8年振りだ。伊東、元気にしてたか。かつて飯店で会った時より、斑点が増えたな。半天狗みたいだ。

正直、生半可な気持ちで会いたくなかった。もう天から見放された健二には、友人の変化が存外眩しく見えた。

「健さん、お久しぶりです、あれから僕、医者になることが出来ました。印象も変わったでしょう。でもその間、健さんと一緒に居れなくて、一生後悔してました。また一所に集合して、一誌読みませんか。僕が、健さんのアルコール中毒といい勝負をしてみますよ!」


友人の熱い言葉に、気温の暑さも忘れて、厚い井戸の蓋を開け、健二はそこに涙を流し、泣きながら返事をした。


「いい焼酎を一升、衣装の中に忍ばせてあるんだ。遺書と一緒に。アルコール中毒、通称アル中、俺のは通常じゃないんだ。医者曰く、日米修好通商条約よりひどいってよ。醜行をこれ以上ヤクザみてえにさらす訳にもいかねえし、つうことで、手伝ってくれるか。」

「もちろんですよ。醜行だなんて、周囲は考察してませんよ。」

友人はさらっと一笑する。一章では仲違いをしてしまったのに、伊東はなんて良い翔さんの弟なんだ。


だがしかし、友人は男に近寄り、男を井戸から地下へと突き落とす。すかさず友人は、翔さんから預かった硝酸をシャンプーのように散布する。

「グッゴゴゴォォォ、ヒビビビビィィィ」

男の悲鳴が、井戸の中から午後、響き渡った。


「どうだ。一糸報いてやったよ。無口で無垢だと思っていたんだろうが、お前への恨みは忘れてない。これで俺の努力も報われる。」

友人は泣きながら、亡骸となった健二にNIKE柄のナイフを落とした。


友人は男と過ごす時間が好きだった。彼と一緒に過ごした日々は、凄く有意義だった。

だが、友人は生まれつき持病を抱えていた。難病である持病を治療するため、医学を学び、必死に生きようと足掻く男に、とにかく無学で難病の看病もできない男は飄々としているだけ。何秒も無駄な時間を割くわけにはいかなかったのだ。

8年前、Chillできないと、病によって血の滴る口元を抑え、友人は断腸の思いで団地用トイレで飲み会の団長である健二に別れを告げたのだった。

バークレー大学での治療に莫大な費用がかかることを知ってからは、金の工面に苦労し金策にバイクレーンを走り回った。僅差で医療ローンは組めんかった。心臓のバクバクを押さえながら食う麺はまずかった。

なす術なく、友人は健二に恨みを持つ有志から治療費として泣く泣く融資を受けた。

契約内容は健二を殺すこと。

バックレる事は有志に監視されていたため出来なかった。

友人は健二を殺める気概はなく、危害を加えるつもりも無かった。友人にとっても、健二は気が合うナイスガイだったのだ。


しかし融資を受けた治療でも、持病は完治せず、どうにか救おうとGoogleで何ギガも使用し難儀した。しかし近い将来、自らの死を感知した友人は、観念し、為すべくを為すため、裏道で有事の機会を、友人は奇怪な機械のようにずっと待っていた。

残念ながらも、有志への勇姿を見せつけるしかなかった。由々しき状況だった。


寿命が迫っていた。重症化した持病が重病となった友人に襲い掛かり、友人は10秒涙を流すと、準備していた眼鏡を天に放り投げ、メガンテの効果である自滅を、翔さんから貰った硝酸で行った。これで翔さんを含めた、融資してくれた有志たちは称賛してくれるだろう。

すべては事後。自業自得な2人だった。

実家暮らしの自己中心的な時間のない実行犯と、執行猶予付きのジゴロのジーコ事故の犯人。

地獄では時候の挨拶を実行してくれるよう、ここに祈ろう。

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