第7話 Detective Canaan
1
「失礼するよ、皆揃っているようだね」
そう言ってデズモンド・ウォレス伯爵が広間の扉を閉めて、全員を見渡して一息ついた。
「カナーン名探偵、これで全員です」
「ありがとうございます」
名探偵であるエドガー・カナーンはウォレス伯爵に一礼し、椅子から立ち上がると、一歩ずつ広間を歩きながら続けた。
「今回皆さまをこの部屋に集めたのは私です、理由は単純。ウォルター・ロングリーさんを殺害した犯人が分かったんですよ」
「何ィ?!本当かね、カナーン君」
その言葉にメイヒュー・グレイ警部が素早く反応した。
「ええ、本当ですとも。犯人はある重要な証拠を残していったんです」
カナーンは続ける。
「まずは今回の事件のおさらいをしましょう。被害者は、ウォルター・ロングリー、40歳。ウォレス伯爵の娘御であるマクシーンさんの歳の離れたフィアンセでした。殺されたのはウォレス邸の2階のトイレの中。調理用のナイフで心臓を何度も刺され、失血多量で死亡しました。2階のトイレは、大英帝国時代から残る伝統的な様式を残すこのウォレス邸の中で、唯一今は使用されていないトイレでした。普段人の出入りは全くなかった。遺体の死亡推定時刻は午後2時から4時、つまり我々が昼食を済ませて、邸宅の庭でテニスをしていた頃です。あの時庭でテニスをしていたのは私を含めて4人、邸宅の中で仕事をしていたのが掃除婦のケイリーン・スティーブンソンさんと、コックのクイン・カーライルさん、それから見習いコックのアレックス・ディアマンテ君。掃除婦のケイリーンさんの悲鳴が聞こえて遺体を発見したのが午後5時半。ここまでは皆さま、間違いありませんね?」
広間に集められた全員が頷いた。
「庭でテニスをしていた我々にはアリバイがあります。私とマクシーン女史は午後1時過ぎから、5時までずっとテニスコートに居ましたから、犯行は不可能です。ウォレス伯爵とミセス・ウォレスは1時半ごろからテニスコートに姿が見えていましたし、二人とも5時までテニスコートの周りには居ましたから、犯行はほぼ不可能。となると、グレイ警部を除くあなた方3人の中に殺人犯がいることになります。」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、俺とアレックスはキッチンでだんな様や、奥様、お嬢様にミスター・ロングリーが召し上がる夕食をずーっと作っていたんだ、外部犯の可能性はねえのかよ!」
コックのクインがカナーンを睨みつける。
「2階のトイレは構造上とても見つけにくい場所にあります。わざわざ外部の人間がこんなラビリンスに迷い込むと思いますか?それに、お金目的ではないことは滅多刺しにされた被害者を見れば分かることです。」
クインは返す言葉もなく、しどろもどろだ。
「違う…本当に俺じゃないんだ…」
「ご安心を、クインさん、あなたは犯人じゃないはずですよ。確かに仮にあなたを犯人と仮定した場合、あなたなら被害者の返り血を浴びても、食材から出たものだとカモフラージュ出来ますが、今広間に出ている料理には肉が使われていない。根菜のスープや焼きたてのパンなど、時間も手間もかかる料理ばかりです。料理中キッチンを離れ、被害者を殺害し、服を着替えてキッチンに戻ってきたとしても、料理がダメになっているはずです。同じ理由で、見習いの彼も容疑者から外れます」
一部始終を緊張の面持ちで見ていたアレックスが、ほっと胸を撫で下ろした。
「ということは、犯人は…ケイリーン・スティーブンソンか?!」
グレイ警部が掃除婦のケイリーンを指差す。
「いえ、違います」
名探偵カナーンは素早く否定した。
「彼女は確かに遺体の第1発見者だが、死亡推定時刻に確実なアリバイがあるんです。そうだな!モリー!」
「はーい!」
広間の扉が開くと、6歳くらいの丸眼鏡をかけた男の子がひょこっと顔を出し、掃除婦のケイリーンの膝の上に乗った。
「私の助手のモリー・コゴローです。モリーは古い建物が好きでね、どうやら私に内緒でついてきてしまったようで」
名探偵カナーンはやれやれ、といった様子で首を振る。
「僕ね、一人で屋敷の中で迷子になっちゃってたんだけど、このおばさんが『だんな様には内緒よ』って言って、みんながテニスしてる間、ずーっと一緒に遊んでくれたんだー!」
「ケイリーン、それは本当かね?」
「申し訳ありません、だんな様…邸宅の中で見知らぬ坊やを見つけて、声をかけたら名探偵カナーンの助手だと言うんです、一人で寂しいというのでだんな様たちがテニスを終えるまで、一緒にトランプをしていたんです」
「すっごく楽しかったよ!おばさん、ババ抜きがすっごく強いんだ!」
笑顔で答えるモリーの頭をケイリーンが優しく撫でる。
「ンーム…こうなると容疑者が…カナーン君、一体、犯人は誰なんだ?!」
グレイ警部が口髭をいじりながら尋ねた。
「犯人は…デズモンド・ウォレス伯爵、あなたです!」
!!
「じょ、冗談はよしてくれたまえ、名探偵カナーン。第一にロングリーの死亡推定時刻には、私は君たちとテニスをしていたというアリバイがあるじゃないか」
「ええ、確かに。ですがウォレス伯爵、あなたと奥様は午後3時ごろ、一度トイレへ向かうため邸宅の中に入ったはずです。」
「確かにそうだが、妻も一緒だったんだ、私には犯行は不可能だよ」
「…いや、犯人はあなただ」
「私はやっていない!どこにそんな証拠があるんだ!大体私は心から娘とロングリーの結婚を祝福していたんだ!それなのになぜ私がロングリーを殺さなきゃならない?ははあ、名探偵、いや、さしずめ迷探偵だ、君は。証拠もないのに私に罪を着せようというのなら、こちらもそれなりの報復をあなたにしないといけなくなるぞ!」
ウォレス伯爵の怒号が広間に響く。
カナーン名探偵はついに決定的な証拠を突きつける。
「いやお前、服血だらけやないか!!!服見てみろや!!!」
ウォレス伯爵のテニスウエアには真っ赤な鮮血がこびり付いている。
顔の下半分も血が乾いた後がくっきり残されている。
ソックスは、元々赤かった?と思わせるくらいに真っ赤である。
左手のテニスラケットも、白のガットにウォレスの手の形の血型が残されている。
そして右手には、血が滴り落ちるナイフをしっかりと握っていた。
「トイレから帰ってきたら白のウエアが真っ赤っかってどういう事や、誰がどう見てもお前やねん、こんな分かりやすい殺人事件もそんな無いぞ、俺何回も推理し直したわ、お前があっまりにも堂々と血だらけでおるから。逆に誰かの罪を被ろうとしてんのかなーとか。でも何回推理し直しても犯人お前や。お前しかおらんねん。…どういう意味や?説明してくれ。急に血だらけなって戻ってきて、なんも言わんとサーブ打ち始めて。怖かったわ。あのサービスエースはそのせいや。お前の実力ちゃうからな。あと何回か俺聞こうとしてたやん?どないしましたの〜それ〜言うて。その度になんかヘラヘラしてはぐらかしてたやん?ちゃうねんちゃうね〜ん言うて。何がちゃうんじゃ、んでその後殺人事件起きた時、全員が真っ先にお前見てたからな。それも気にせんと『コレ警察呼ばんとー』て。『えらいことやで〜』言うて。『君ちょっと調べてくれるかー』て。俺、感情おかしなったわ。殺人事件の犯人に殺人事件の捜査依頼されるって。喜怒哀楽ぐちゃぐちゃなってもうた。ここまでな、お前が犯人じゃないという、最後の最後の可能性にかけて丁寧に一人一人犯人ちゃうか〜てブレストしたんや、でも結局お前や。血だらけやから。時間返してくれ。最初に『すまん、自首するわ』で良かったやん。怖いわ。奥さん、奥さん、だんなさんコレあの〜、やってますよねえ?」
ミセス・ウォレスは間髪いれずに話し出す。
「やってます。やってはります。私ねトイレから戻ったらビックリしたんです、旦那が血だらけやからね。今はだいぶ乾いてますけど、その時は顔も返り血でまっかっかでしたからね。『何してんのよ』思いました。」
「決まりや。ホンマはこれだけ証拠揃えばいらんねんけど、奥さんの証言も今貰えたし、第一手に持ってるのその赤っかいのそれナイフやろ?それ普通ずっと持っとくか?テニスコートにも持ってきてたやんな?あのベンチの横に置いて。それはどういう意味なん?意味がほんまに分からんからさ。教えてくれ。どういう意味やねん」
「いや…指紋とかでバレるかなーって」
「いやそこより先に服を気にせえって。全部順番間違えてんねん。遺体見つけて泣いてたけどアレも嘘泣きやろ、娘さんどうしていいかわからん表情してはったわ。恋人死んで、親父が血だらけで泣いてて。トラウマやろな、ほんま可哀想やで。」
ウォレス伯爵はすぐ逮捕された。
2
「わざわざ日本くんだりまで旅行に来て、こんな凄惨な事件が起きるとは思っていませんでした。巧妙に仕掛けられたトリック、3つの殺人は全て密室状態で起きてしまいました。さらに、電話線は切られ、このロッジと麓の町をつなぐ吊り橋は犯人の手により燃やされてしまった。おまけに外は猛吹雪。我々は完全に今、殺人犯の人質となってしまったのです。」
カナーンはパチパチと音を立てて燃える暖炉を見ながら淡々と呟く。
「しかし、第三の殺人の際、犯人は最大のミスを犯しました。犯人が残したそのミスによって、私はもう既に、あなた方の中にいる殺人鬼の存在に気付いてしまった。」
「カナーンさん、犯人は、聡美ちゃんを殺し、山野さんを殺し、さらに俺の大事な佳子まで殺しやがった犯人はいったい誰なんですか?!」
…
「犯人は… 米田さん、あなただ!」
!!
「カナーンさん、あなた海外の有名人だかどうだか知らないけどさ、あたしが3人を殺ったっていう証拠でもあるわけ?いくらあなたでも、これ以上言うと裁判沙汰にするわよ」
米田遥は狼狽しながらカナーンに詰め寄った。
「いや、見てたんや。全部。聡美ちゃんの時も、山野さんの時も、佳子ちゃんの時も、ワシ見とったんや。まずな、自分こんな狭いロッジで猟銃なんか使うなや。3LDKや。その音聞いて、音のする方に歩いて行ったらベッドルームで聡美ちゃん殺しとったやないかい、自分。ほんでその後になんかタコ糸とセロテープでなんやごちゃごちゃして、密室にしてたかもしらんけど、あれもう意味無いぞ。あの時点で全員お前の事ガン見してたんやから。2回、目も合うたしな。お前その後も知らんぷりしてハサミ持って電話線切りに行ってたやろ、あれもみんな見てんねん。てか逆に何で気付かへんかったんや。その後も灯油のタンクとライター持って橋の方に歩いていったな、んで途中でタンク重たいからってワシに持たしよったよな、もうその時点でお前しかおらんやん。あの時怖かったわ。『あ、こいつはやばいやつや』ってみんながなってたのに。山野さんをハンマーで撲殺した時もさ、俺山野さんと喋ってたやん?ほんで倒れた山野さん引きずって、部屋入れてさ、またさっきのしょうもないトリック使ってたよな、でもさらにひどいのは佳子ちゃんの時や。佳子ちゃんがパニックになってうずくまって泣き出した時、自分介抱しに行くフリしてカッターナイフで喉やってたやん、よう介抱しようと思えたよな。バレへんて思った?全員知ってるよ。あかんあかん。最悪や。全然ワクワクせえへん。日本最悪。」
次の日駆け付けた警察によって米田遥は逮捕された。
3
電車の中で、突然カナーンは席を立ち、向かい側に座るリュックを背負った男にこう言い放った。
「犯人はお前や」
リュックを背負った男はあまりの突然さに何のことか分からず、ポカンとした表情。
しかしカナーンは勢いよく続ける。
「やっと見つけたぞ」
「お前には償うべき罪があるはずや」
「警察いけ、警察」
「ブスー!」
「皆さん、この人犯人ですー!逮捕してください!」
「ど、どうして僕が犯人なんですか?っていうか、まだ僕何もしてませんよ?まだっていうか、これからも何もしませんし、第一僕が何の罪を犯したって言うんですか!!」
カナーンは言った。
「自分…なんかしそうやねん」
駆け付けた警察によって、カナーンは逮捕された。
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