14品目:晴香先輩の後輩溺愛HP♡
パソコンの画面だけがぼうっと光る真っ暗な自室で、石山晴香は満面の笑みを浮かべていた。
「んふふ♪それではお待ちしております、っで終わりね~」
鼻歌交じりにそう呟き、一文字一文字、丁寧に締め括りの文章を打ち込む。打ち込みが終わったら、タタンっと軽やかな音を響かせ、エンターキーを押した。
「うふふ、これでOK。更新完了~」
画面に映るのは、居酒屋『白虎』のブログ記事。しかも、和食居酒屋というお店のイメージとは到底相容れない、ピンク色の可愛らしい一ページだ。
『白虎』では毎週末、社員とアルバイトを含めた、全店員の担当制でお店のブログを書いている。その内容は、基本的には今週お店であった事や次週のおすすめ料理、イベント情報、店員の一言などだが、余り制限はない。勿論、ブログ記事のフォントや色や文体も、特に指定されていない。「一般的な常識や品位から逸脱しなければ構わない」、と社長から言われているらしい。その理由が、ブログに各店舗らしさ、お店特有のカラーを出して欲しいからだとも聞いた。
そのため、その週の担当者によって、ブログの雰囲気は大分異なる。ちなみに今週を担当する晴香は、彼女の雰囲気とその性格の通り、『白虎』イチふわふわした可愛いブログを書くタイプだった。
そして今回は、そのふわふわした可愛らしさともう一つ。晴香らしさを全面に出している所がある。
「我ながら、会心の出来上がりね~」
晴香は出来上がったばかりの記事を読み直し、ひとりごちた。
ブログを書き始めてから約三時間。とっくに日付も替わり、晴香以外の家族は全員深い眠りについている。何をそこまでして、と思うかもしれないが、今回のブログに懸ける晴香の想いは、多少の夜更かしなどどうでも良くなるくらいに強かったのだ。
その懸けた想いとは––––後輩、わかばへのラブコール。
「ふふ、皆の反応が楽しみ〜。特にわかばちゃん♪」
晴香が書いたブログ記事の半分以上が、わかばについての話題だ。お店に新しい仲間が増えたという名目で、わかばの事や働く姿、他の店員からわかばへのコメントなど、とにかくわかば尽くしのブログになった。
月曜日出勤した時に見せたら、きっときっと可愛い反応を見せてくれるに違いない。
その様子を想像して、また晴香の口元が緩んだ。
* * *
あたし、思わず二度見した。
「……先輩。あの、これって、
「え〜?」
「え〜?じゃないです、これは流石に冗談かと思います」
バイト退勤後、いつもののほほんとした笑顔で「わかばちゃん、ちょっと見せたいものがあるんだ〜」って晴香先輩が言うものだから、てっきり犬とか猫の可愛い写真かな、なんて思ったあたしが馬鹿だった。後ろ姿だけで顔こそ出てないものの、むしろ写真はあたしだった。––––ホント、なんの冗談。
あたしの肩越しにパソコンを覗き込んだ森内先輩も、「お、おう」と微妙な反応のまま固まっている。
「だって〜、私、わかばちゃんがお店に来てくれたのが本当に嬉しくって〜」
「それは聞きました……」
事の発端は、あたし・関わかばがバイトを始めた五月にまで遡る。
その日いつものように着替えを終えホールに出た晴香先輩は、バイト初日のあたしと初めて顔を合わせた。
小柄な身体にちょっと大きめの制服。丁寧に後ろで括られたダークブラウンの髪。東京の女子大学生にしては、ケバ過ぎないおとなしめのメイク。そして、「関わかばです。先輩、今日からどうぞよろしくお願いします」、そう言って頭を下げる、初々しさ満点の大学一年生に、晴香先輩は思わず心の中で叫んでしまったらしい。「ようやく!!この店に!!女の子がきたぁ!!!」って。
それまで紅一点だった先輩にしてみれば、あたしがバイトに来たことが本当に嬉しかったみたいで。まあ、そこまでは分かる。ただ、その叫びから、どうしてこんなブログになるかはさっぱり理解ができない。
いや、散々女社会を見てきたあたし的には、女の先輩に好かれるのはこの上なく嬉しい筈なんだけど……。
目の前に開かれたブログにちらりと目をやって、あたしは再び頭を抱えた。
ブログには、どっピンクの可愛らしい丸文字で書かれたあたしへのラブコールと、あたしの事を宜しくお願いしますみたいな挨拶と、いつの間に聞かれていたのか、森内先輩をはじめ店員の皆からあたしへのメッセージ。
渾身のブログだって事は見て取れる。だけど、これ、絶対『白虎』のブログじゃない。
「わかばちゃん〜」
晴香先輩が、そっとあたしの制服の袖を引っ張った。
「怒ってる?」
ウルっとした大きな瞳に覗き込まれて、流石に「怒ってる」とは言えない。晴香先輩は晴香先輩なりに、あたしのことを歓迎して書いてくれたんだろうし。
「怒ってはいませんけど……」
「ほんと〜!?」
途端にぱっと明るくなった先輩に、慌てて付け加える。
「怒っては、いませんけど!やっぱりちょっと恥ずかしいし、一応お店のブログなので、もう少しお店をメインにした方がいいとは思います!」
「ん〜そうかなぁ〜」
先輩、そこは考え込むところじゃない!
「いや、わかの言う通りだと思うぞ」
「先輩!」
今まで言葉を失っていた森内先輩が戻ってきた。
「店の内容は欲しいかもな。ほら、丁度夏メニューも今週で終わることだし……。」
晴香先輩を慮ってか、森内先輩の口調はいつもより優しい。
「確かに俺もわかが来てくれて嬉しいし、コメントも出したけど。そこは、例えばコラムにするとかしてやってみるとかさ」
な?と同意を求める森内先輩に、晴香先輩は漸く頷いた。
「はぁい、今日帰ったら変更してみます〜」
それで一件落着、だった筈なのだが。
火曜日、変更されたブログ記事の片隅に「新人コンビの成長日記♡」なんてタイトルのコラムを見つけて––––あたしは再び頭を抱えることになる。
そして、今回巻き込まれた山くんに、そっと心の中で手を合わせた。
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