6品目:お通しの心遣い
居酒屋『白虎』は、和食をメインにした居酒屋だ。
お店には鮮度を大切にしたお魚や、系列店である『とりや朱雀』に習った国産鶏の焼き鳥、和風の煮物、そして国内から広く集めた日本酒なんかを置いている(居酒屋『白虎』HPによる)。
そのため平均的な大衆居酒屋––––大学生とかが気軽に行けちゃうようなところなんかと比べて、値段設定は少し高め。料理飲み物全て280円とか、生ビールがハッピーアワーだかラッキーアワーだかで190円とかで出てくるなんてことはない。
だから、必然的に客単価は高くなる。
けれどね。どうしたって、『白虎』も所詮居酒屋なのだ。
つまり、あたしが何を言いたいかっていうと。
居酒屋には一定多数、客単価の平均をめちゃめちゃ安くしてくる、ちょい飲みのお客様が来るわけです……––––
* * *
あたしの考えるちょい飲みのお客様は、大きく三つに分かれている。
まずは、馴染みになるちょい飲みのお客様。
この人たちは大抵一人か二人という少人数でやってきて、自分のお気に入りのお酒とおつまみを先に頼んでしまうことが多い。だから、常連さんになる割合も高い。常連さんになると、お客様は自分の名前を入れた取り置きボトルを頼んで、定期的にご来店してくれるようになる。
このタイプは一回のご来店で頼む金額は少ないけれど、頻度がそれをカバーしてくれるので、お店的にはウェルカムなお客様だ。
次に、センスの良いちょい飲みのお客様。
この人たちも大抵一人か二人の場合が多い。ふらっと立ち寄って、気になったメニューを一、二品。飲み物はビール一杯だったり日本酒を一合だったりと様々だけど、基本的には最初の一杯で終わってしまう。
その代わり、長居はしない。自分の好きな時間にやってきて、晩酌を楽しんだらまたふらりと帰る。お店的には害もなければ面倒ごともやらかさない、いたって楽なお客様。
それで、一番問題なのが居座り型ケチなちょい飲みのお客様。
この人たちは人数はバラバラだけれど、総じてほぼ安いものしか頼まない。ポテトフライとか唐揚げとかお新香とか、大皿で安めのものを数品頼んで、飲み物も安いものを二、三杯。びっくりするのは、お酒のメニューで一番安いからって、ただの酎ハイだけを繰り返し頼んだりすること。
いや、まぁね、注文なんて好き勝手にしてくれて構わないとは思うんだけど。タチが悪いのは大抵粘って粘って閉店間際まで居座ることなんだよね……。
売り上げにもならない、それに帰らないから他のお客様も入れられない、ちょっと困ったタイプのお客様。
とまあ、そんな感じで分けているんだけど。
今丁度その三番目、居座り型ケチなちょい飲みのお客さんが来ちゃったっぽいんだよねー……。
* * *
「おねーちゃん、酎ハイ三つとナッツ盛り、後ポテトちょうだい」
どうやら本当に、三番目タイプのお客様だったようだ。
カウンター席に座った三人組のおじさんは、当たり前のように一番安いメニューを注文してきた。
「はーい、かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
あたしは笑顔で会釈して、厨房に戻る。そしてすぐさま、近くにいた人––––厨房担当:高野さんに告げ口した。
「ねー高野さん」
「どうしたの関さん」
鍋からの湯気で黒縁眼鏡を曇らせながら、高野さんは振り向いた。
「カウンターの新規三名様、絶対全然頼まないタイプですよ。後藤店長の嫌いなタイプ」
ごめんね店長、勝手に店長の名前出します。
「そうなんですか?」
「うん、酎ハイとナッツ盛りとフライドポテトだけ。うわ、単価500円ちょいじゃん」
「あぁ、それは少ないですね」
もう閉店一時間半前だし、追加
そもそも最初から酎ハイだけってお客様がほとんどいない。お刺身とか、焼き鳥食べないお客様もほとんどいない。
だって『白虎』は和食居酒屋だよ?折角来たならそれっぽいの食べなよ。––––いや、そりゃお客様は好きなの頼めばいいんだけどさ。
どうしたもんかなぁ、なんて考えながら酎ハイを作る。酎ハイはジョッキに氷を入れて、後は炭酸水と焼酎が混ぜてあるものを流し込むだけの簡単なやつ。
あ、そうだ。氷をジョッキパンパンに入れちゃえば、お酒の量少なくなるよね。こうなったら酎ハイだけでも注文数重ねてもらおう。
え?ケチだって?
仕方ないじゃん、こっちだって仕事だもの。
「関さん関さん」
「えっ、あ、はい!」
悪知恵を思いついてほくそ笑むあたしに、ふいに高野さんが声を掛けてきた。慌てて振り向くと、彼はお盆を持って立っている。
お盆の上には、可愛らしい小鉢が三つ。
「こんなもの作ってみたんですけど、どう思いますか」
「これは……?」
小鉢の中には、小肌とキュウリ、そしてミョウガを和えてゴマを振ったものが入っていた。酸味の効いた大人な香り。さっぱりとした、お酒に合いそうな一品だ。
「ご新規の方へのお通しです。ナッツとポテトフライは揚げ物で、乾きそうですから、水気のあるさっぱりしたものを作ってみました」
曇りの取れた眼鏡をくいっとあげて、高野さんは目を細くした。口元はマスクで隠れているけれど、多分これは笑っている。
「小肌も入れて和食店らしさも出せたかなと思うんですが、関さんはどう思います?」
––––––どう思いますも何も。
「さすが、高野さんですね」
あたしが悪知恵を働かせている間に、こんなもの作っちゃうんだもん。
お通しは席代として出しているもので、一品の提供で300円くらいを頂戴している。普段は事前に作ったものを出しているんだけれど、今回はこれを出そう。
高野さんがお客様のことを考えて作ってくれた、自慢の一品だから。
「お客様お待たせ致しました。酎ハイと、それからこちらお通しになります」
コトン、と小鉢を三人組の目の前に置く。
「お!これは珍しいな、魚が出てくるなんて」
「これは何?あ、ミョウガか!」
「ゴマが効いてて美味いな!」
目を輝かせるおじさんたち。––––あぁ、喜んでくれてるんだ。
さっきまでのイライラした気持ちは、嘘のようにどこかへ消えていた。
「当店オリジナルの、心を込めたお通しです。ごゆっくりどうぞ」
そして再び厨房に戻ったあたしは、待ち構えていた高野さんに思いっきりグーサインをしてみせた。
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