7品目:良く分かるかずの数え方

「いらっしゃいませ、こんばんは!」

「あ、18時から予約してたオチアイだけど」

「オチアイ様––––七名様ですね、お待ちしておりました。ご案内致します!」

 そう言って、あたしはいつもの営業モードでにっこりと微笑む。

 そして、本日18時からご予約のお客様・オチアイ様七名様をお座敷にご案内。恰幅の良いおじさん七名を引き連れて歩くなんて、差し詰め現代版・白雪姫の気分だ。


 ––––––いや、ってのは勿論冗談で。


 確かにあたしは並より可愛い方だと思うけど、南国育ちなもんで白雪姫程白くて透き通るような肌は持ち合わせていない。好奇心に負けて、得体の知れない人から貰ったリンゴを齧ったりもしない。それに物語の白雪姫と一緒にいたのは働き者の七人の小人であって、タバコと汗の臭いのするおじさん達じゃなかったからね。

 あたしについて歩くオチアイ様たちは、皆んながみんなスーツの前ボタンがはち切れそうで……うん、動きやすさとたくさん食べるためにも一つ大きいサイズにするべきじゃないかな。

 だってほら、売り上げのためにも一杯注文して一杯食べて欲しいじゃん。

 

 


「お席はこちらになります」

 当然だけど頭に浮かんでいた失礼極まりない言葉はおくびにも出さず、あたしは座敷の手前で立ち止まるとオチアイ様を振り返った。


「おお座敷か!個室感があって良いな!」

「個室で予約したからなぁ」

「はい、オチアイ様には事前にお座敷のご希望を頂いておりましたので、一番広いお座敷をお取りしてあります」


 そう。店内の奥にある座敷スペースは、どの席も隣の座敷とは襖で区切られていて、ちょっとした個室みたいになっている。宴会をはじめ商談や接待なんかにも使われる、『白虎』の中でも特別なスペースだ。

 こうしたスペースは、予約の時に“個室”・“お座敷”・“静かめなお部屋”を希望する旨を伝えて貰えれば、優先的に取っておくことができる。


 今回、オチアイ様からは二週間程前に予約の電話を貰ったから、速攻このお座敷行きが決まったってわけ。




 オチアイ様たちが全員履物を脱いで靴箱へとしまうのを見届けてから、あたしは声をかけた。

「お先に飲み物のご注文があればお伺い致します」

 忙しい時にピンポーンって呼ばれるより、今聞いちゃった方が楽チンだからね。


「あー、じゃあ」

 あたしの言葉に、奥の上座に腰を下ろした、一番でっぷりとした……失礼しました、一番豊かそうなお客様が口を開く。

「生ビールでももらっとこうか?どう?」

 その提案に、オチアイ様はじめ残りの六人も「そうですね」「いいんじゃないか」等々、口々に賛成の意を見せる。どうやら、上座のお客様が一番発言権のある偉い立場にいるらしい。体格的にも納得。

「お決まりでしょうか?」

「うん、生ビール七つで」


 ––––––あぁ、そしてやっぱり今回も聞かなきゃならないわけね。ちゃんとビールの種類を確認してよ。



「生ビールは三種類あるんですが……種類はア○ヒにキ○ンに、それからサン○リーですね」

 どうなさいますか、とにっこり微笑みながら、ハンディでお通しを七つ追加。お酒を飲むことが確定なんだから、ここはきっちり税込324円を頂戴致しますよ。


 今日のお通しは旬のイワシと梅干しを使った、イワシの梅煮。小鉢に盛って冷蔵庫に入れてあって、提供する時にちょっとだけ刻みネギをかけている。梅干し大好き人間のあたしとしては、休憩の際に必ず一つ貰っておきたい一品だ。


 とまあ、脳内で膨らんでいくイワシと梅干しのあまじょっぱいハーモニーに涎をごくんと飲み込んでいたら、オチアイ様があたしの方を振り返った。どうやら、注文するビールが決まったらしい。



「お決まりですか?」

「あ、うん、ア◯ヒを七つで。それと、とりあえず枝豆とフライドポテトを二つずつ」

「はい、かしこまりました」

 ピピピ、とハンディに注文の品を打ち込んで、あたしはもう一度にっこりと微笑む。そして座敷を後にした。




 * * *




「ご新規のお客様、オーダー頂きました!」

 厨房の奥まで届くように声を張り上げたら、今日の厨房担当:高野さんが「了解!」といい返事。後は厨房に流れるBGMのように、トントントン、と食材を刻むリズミカルな音が聞こえている。

 


 あたしはとりあえず、冷えたおしぼりを取りに向かった。と、ドリンクを作っている最中の森内先輩と目が合う。


「あー、わか。ちょっといい?」


 目が合ったからか、ア○ヒの生ビールを作りながら、森内先輩は声をかけてきた。

「なんですか?」

 最近呼びを訂正するのも諦めかけているあたしは、おしぼりを出しながら返事をする。あ、おしぼり七本て地味に持ちにくいな……やっぱお盆の上にのせるべきだったか。


「あのさ、わか」

 三つ目の生ビールを作りつつ、森内先輩はもう一度名前を呼ぶ。

「はい?」

「次飲み物の注文が入ったら、何の注文が入ったかまで声かけてくれたら嬉しい。オーダー頂きました、も有難いけど、その時にア○ヒ・セイナンで!とか言ってくれたら分かりやすいからさ」

「あ、分かりました」


 確かに何を作るかが早めに分かった方が楽だもんね––––と頷きかけて、あたしは聞きなれない言葉にふと首を傾げる。


「えーっと、すみません森内先輩」

「ん?」

 既に五つ目のビールに取り掛かっていた森内先輩は、ちらりとあたしに目をやった。相も変わらず、強面&屈強具合が素晴らしい。


 いや、そうじゃなくって。


「さっき先輩の言ってたやつ……何だっけな、セイなんちゃら……ええと、」

「ん?」

 七本のおしぼりを無理矢理掴んだ両手。右手に四本左手に三本。それを、身振り手振りのつもりで振り回す。

「ほら、あの、ア○ヒの後に何か言ってたじゃないですか!セイなんちゃらって!」


 あたしの必死の訴えに、森内先輩は漸く合点したようだった。その証拠に、「セイなんちゃら……」って呟いて吹き出したのが見えたからね!?


「ああ、それはね」

 込み上げてくる笑いを噛み殺しているのか、何とも形容しがたい表情で森内先輩は口を開く。言っときますけど、先輩の笑いって強面の野獣が頑張って笑ってるようにしか見えないんだからね。

 内心悪態を吐くだけ吐いて、表面は困り顔で続きを促す。



 森内先輩はふうと一息つくと、解説を始めた。


「さっきのは業界用語みたいなものでさ。一がピン、二がリャン、三がゲタで四がダリ。例えば生ビールが三杯って注文だったら、生ゲタで!って言えば短く伝わるだろ」

「……また業界用語の類ですか」


 ––––––八大用語にしろ、何かと新しい用語を作りすぎなんだってば。


「ん?」

「いえ、何でもないです。続けてください」

「あー、うん。で、その後も五、六、七ってそれぞれメノジ、ロンジ、セイナンって感じである。由来は色々だろうけど、寿司屋で主につかってる業界用語らしい。系列店の『青龍』で寿司を扱ってるから、うちの店も同様に使ってるみたいだな」

「ああ、それで」


 『青龍』は、前一度だけ紹介した系列店の一つだ。料亭風居酒屋ってのがテーマらしくて、当然だけど『白虎』よりも敷居が高い。




 まあ、兎にも角にも、業界用語を覚えればいいわけでしょ。記憶力ならどんと来いだ。


 あたしはもう一度、両手に持った七本のおしぼりを握り直した。

「じゃ、次から使ってみます。とりあえず、オチアイ様たちにおしぼり渡してきますね!」

「おう」



 さぁて、また新しく覚えることが増えた。ピン・リャン・ゲタ・ダリ、そしてメノジにロンジにセイナン、だっけ。

 次の注文では早速使ってみようっと––––そう心に決めて、あたしは座敷へと駆け出した。

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