スタッフの章 ーースタッフが個性を出しすぎだと思うーー

8品目:子犬の同期くん / 1

 作り立てのカシスオレンジを、マドラーでぐるぐるとかき混ぜる。その滑らかな渦にのって、カシスの紫とオレンジジュースの黄色は溶け合うように混ざっていく。元はお互いハッキリした色だったものが、あたしの手元で溶け合い混ざり合い変わっていくのは、ちょっと楽しい。これぞカクテルの醍醐味って感じがする。


 まぁ、カシスオレンジはお世辞にも綺麗な色とは言えないけどね。




「森内先輩、ちょっと助けて下さい」

 

 そんな風に楽しくお酒を作っていたら、ホールから山くん––––以前ちょっとだけ紹介したと思うけど、同い年で森内先輩をすごく尊敬している山田かけるくん––––が半べそ状態で帰ってきた。

 山くんはいつも頼りなさげな顔をしているけど、今日は殊更酷い。口がへの字に曲がって、やだ、本当に涙目だわ。

 


「なに、山くんどうしたの?」

 あんまりにも可哀想なオーラが出てるもんだから、次の注文オーダーに入っていたウーロンハイの準備をしながら聞いてみる。あたし、なんて同期思いのいい子なんだろ。えーと、ウーロンハイはジョッキに氷を入れて、と。


「いや、には教えない」

 

 次に焼酎をこのくらい入れて……––––––は?


「は?いや、何でよ」

 余りにも意味が分からなすぎて、思わず心の声が漏れた。作りかけのウーロンハイのジョッキを、作業台の上に一旦置く。

「何かあったんでしょ、教えてよ」

 あたし、親切心でその半べその訳を聞いてあげようと思ってるんですけど?


 それなのに、山くんてば思いっ切りあたしから目を逸らした。


「絶対教えない」

 半べそ涙目状態のくせに、やけに頑固な物言いだ。

は早くドリンク作ったら」

「––––––あっそ!」


 そこまで拒むんなら、もう知らない。あたしだって聞いてやんないから。後で助けてって言っても、絶対助けてやんないからね。つか、お前まで呼びすんじゃないっつの。

 そもそも、なーにが森内先輩助けてください、だ。



 そこへ、当の森内先輩が厨房の奥から歩いてきた。


「山、どうしたッ」

「あっ、森内先輩!助けてください!」

 途端に涙声で話そうとする山くん。あたしへの対応との差が激しいことこの上ない。いやまぁ、バイト歴で考えたら当然も当然なんだけどさ。


 あたしは置いたままのジョッキに、ドボドボと烏龍茶を注ぐ。高いところから滝のように落ちた烏龍茶が、氷の上で弾けて飛んだ。


「分かった、今聞くからな……て、おい」

 森内先輩は、あたしの方をちらりと一瞥する。

「おい、も何か期限悪いのか?」

「……」

「山、何か知ってるか?」

「え……えっと、別に」

 歯切れの悪くなった山くんに、森内先輩は何を勘違いしたか眉間に皺を寄せてあたしに向き直った。

「おい。もしかして、お前が山を泣かしたのかッ?」

 


 ––––––もうあんたたち、こっから出てけ。



「森内先輩」

 あたしは、出来上がったばかりのカシスオレンジとウーロンハイを先輩の胸にぐいと押し付ける。苛々した内心に覆いを被せるように、顔にはにっこりとしたいつもの笑顔を貼り付けた。

「とりあえず、そいつ連れてドリンク提供してきて下さい」





 * * *




「あの、……」

呼びはやめてって何度言わせんの」

「あ、うん、ごめん……」


 暫くしてホールから戻ってきた山くんは、あたしの前に立つとおずおずと切り出した。


「あの、さ」

「何、ハッキリ喋って」

「あっ、うん……あのっ、さっきはごめんっ」

「さっき?何のこと?」

 ドリンクを作りながらしれっと返すと、山くんはまた少し涙目になった。我ながら性格が悪いとは思うが、まだあたしの腹の虫は治まっていない。

 絶対教えない、はやっぱりちょっと酷いと思うし。



「あの、さっき……教えないって意地張って、ごめん」

「……」


 黙って生ビール(今回はキ○ンの注文)を作りながら、次の言葉を待つ。


「ちょっと困ったお客さんがいて、でも––––じゃないや、わかばに頼るのはカッコ悪いと思って」

「……」

「わかば、僕と同じ月にバイト始めたのに、要領いいし仕事できるし。なのに僕はまだ全然で。それで余計に教えたくなくて」

「だからあんな事言ったわけ?」

「うん……ごめん」


 項垂れた山くんは、飼い主に怒られてしょんぼりとした子犬みたいだ。これじゃあ、全力で怒ったり嫌味を浴びせる気にはなれない。

 生ビールの泡を整えて、あたしはため息を吐いた。


「あのさ、山くん」

「うん」

「困ったお客さんなら仕方ないじゃん。別に山くんの所為じゃないでしょ?」

「……うん」

「同じバイト仲間なんだから、頼れるなら頼ってよね。はっきり拒絶されるとムカつくから」

「分かった、ごめん」

 山くんはそう言って、ペコっと頭を下げた。まだ凹んでいるのかあたしの事を怖がっているのか、どっちかは分からないけれど、握り締められた山くんの手は少し震えている。

 


 あー、子犬の扱いってどうだったっけ。適度なしつけと適度なご褒美?突き放しすぎも甘やかしすぎもいけないよね、多分。



「山くん、もういいよ」 

 あたしは生ビールを二つ、山くんの前に差し出した。出来立てほやほや、液体と泡は綺麗に7対3に分けてある。

「とりあえずこれ、提供してきて」

「え……」

「いいよ、もう。次からは言えることは言ってよね」

 生ビールだって、綺麗な比率で尚且つきめ細やかな泡立ちを整えるまで時間がかかる。練習だって何度もした。

 だから山くんだって同じ。子犬はゆっくり手なずけて、ゆっくり育てていくことにしよう。さしずめ困った子を引き取ったブリーダーの気分だ。



「分かった、行ってくる!」

 そう言って顔を上げた山くんは、涙目ながらも笑っていた。

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