2品目:八大用語を覚えましょう

 うちの店には、接客の“八大用語”なるものがある。


 

 なんでも、居酒屋『白虎』、系列の料亭風居酒屋『青龍』と焼き鳥メインの『とりや朱雀』を束ねるお偉いさん達が考えたとか。

 しかも、半年に一度監査の人が本社から派遣されてきて、毎回社員とバイトに“八大用語”チェックをするんだって。そのチェックポイントが店の評価に繋がるらしく、店長は躍起になっている。



「関さん、“八大用語”、覚えた?」

 ––––––ほら、きた。

「多分覚えました」

「ホント?じゃ、ちょっと言ってみて」

 ––––––まじか。



 金曜日、閉店後の店内。

 後藤店長と高野さんとその他バイトに見られている中心で、というのがすごく嫌だけど。さくっと八個言えばいいんでしょ、言えば。

 じゃあいきますね、と可愛く前置きをして、あたしは“八大用語”を暗唱してみた。


「いらっしゃいませ、こんばんは」

「うん」

「お伺い致します」

「うん」

「少々お待ち下さい」

「うん」

「畏まりました」

「うん」

「大変お待たせ致しました」

「うん」

「申し訳ございません」

「うん」

「ありがとうございました」

「うん」

「また、お待ちしております」

「よし!完璧!」


 後藤さんは指を立ててグーサイン、その後ろでは高野さんが腕を組んで満足そうに頷いている。

 いや、このくらい覚えんの簡単じゃん––––なんて口には出せない。



「みんなも、で覚えておくんだぞ!」

「はいッ!」

「はい!」

 店長の言葉に、他のバイト、森内先輩とか山くん(あたしと同い年で、森内先輩をめちゃくちゃ慕っている)は気合いの入った返事をした。相変わらずアツいことだなあなんて感心。



 ––––––いや、てゆーかって何よ。業界用語?



 誰一人突っ込まないので怪訝な顔をしていたら、隣で静かに場を眺めていた張さん(厨房担当の中国人バイトで、年上で、店内一寡黙)がこそっと耳打ちしてくれた。


「あれね、“八大用語”の頭文字取って繋げただけ」


 流暢な日本語で、大変に残念な事実を告げられる。

 言われてみれば確かに、「いらっしゃいませ、こんばんは」の「い」から「また、お待ちしております」の「ま」までの頭文字の羅列に過ぎない。



 もうちょっと、こう、覚えやすい語呂とかなかったわけ。



「なんか、ちゃんと“八大用語”とか作った割には詰めが甘いですね」

 張さんにボソっと耳打ちし返す。

「まぁ、そのまま全部を覚えられない人にはいいんじゃない?」

「……」

 自分の耳を疑って顔を上げたら、張さんは唇の端に薄っすらと笑みを浮かべている。––––––寡黙なくせに、しれっと怖いことを言う人だ。




「よし、じゃあ今日もお疲れ様!月曜からもまたよろしく頼む!」

 呑気な店長の声で、一同、解散。

 

 張さんはひらひらと手を振って、男子用のロッカールームへと歩いて行く。

 その後ろ姿を眺めながら、あたしは勝手に、誰も知らない彼の一面を見てしまった気がしていた。

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