それはまるでパンドラによって暴かれたピトスの如く

「一人の悪意を持ったハッカーによりネットワークが牛耳られ、世界が滅亡の危機を迎える」

 一昔前のSFではごくありふれたこの題材が、今の世の中では絵空事でも何でも無く、現実の可能性として存在している。実際、本作でも具体例が描かれたように、数々のサイバー犯罪が世を騒がせており、それによって人生を滅茶苦茶に狂わされた人々の例は、枚挙にいとまがない。

 本作はそういった、我々が暮らす現実社会の脆さを、実在の知識をもとに、軽妙な文章とハードボイルドなストーリーで紡いだ作品だ。
 ジャンルとしてはクライム・サスペンスに近いかも知れないが、あえて「サイバーセキュリティ小説」と呼びたい。
 「どこか遠くの世界で行われる犯罪」のような絵空事ではなく、あくまでも我々の生きている現実社会の、日常の中で起こる可能性のある物語だ。

 IT技術とネットワークの発達は、現代社会に計り知れない恩恵を与えてきた。しかしながら、同時に新たな問題、新たな犯罪をも生み出す土壌となってきた。
 本作に登場したとある人物のような存在が現れれば、この社会は砂上の楼閣の如く、儚いものになるだろう。

 人類の発展の為に築き上げられてきたIT・ネットワーク技術はしかし、実際にはピトス――即ち「パンドラの箱」であるのかもしれない。
 そして、作中のとある人物は、そのピトスを開けてしまう事を選んだ。世界中にありとあらゆる災厄が撒き散らされることを知りながら。

 神話では、ピトスの中には最後にエルピス――希望や期待、予兆といったものだけが残ったと伝わる。
 果たして、本作では最後に何が残されるのか……その答えは、ご自身の目で確かめて頂きたい。

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