第19話「飯と村」

「できてるよー」


シャワーを浴びてすっきりした俺はめもとに跡が残らないようにしっかり全身を拭き「服が乾くまではこれ、貸しておくよ」と、村長さんが言って貸してくれた、Tシャツと半ズボンに着替えて、三人がいるリビングに戻った。


「なにがですかって、わぉ」


 エルフィンの声に返事をし、声のした方向に目を向けると、机に掛かる薄く花柄の刺繍が入ったランチョンマットの上に俺がシャワーを浴びているときに作ってくれたのか、彩りどりの豪華な食事が並んでいた。


 しかもそれらの料理の真ん中には牛肉のステーキが堂々とその存在を見せつけてくる。


 今が何時かなのかはまだわからないがそれでも俺のお腹に何も入っていないことは明確で、俺の腹からぐぅうと、子気味のいい音が奏でられるのは言うまでもなく避けられられようのない事態だった。


 ──ぐぅう。


「ははは、君たちはわかりやすい、第三地区の飯ってのはそんなに酷いのかい?」


 机の左右に二つずつある椅子に村長とエルフィン、向かい合うようにミリが座っている。

 俺が来たことに気が付いた村長さんは笑いながら、机に並んだサンドウィッチを一つ頬張った。

 

 その斜め前でミリが有り得ない速度で並ぶ食材をガツガツと腹に収めていく。流石だ。


「ソウマ! これエルフィンさんが作ってくれたんだけどほんと美味しいわ! もうほっぺなんこ落ちたのかわからないぐらい!」


 その笑顔は、この前のケーキ屋での食事の時の何倍も輝いている。最高のスパイスは空腹だ、とはよく言ったものだ。


 食べ物専用掃除機のようなミリの横に座り、フォークとナイフを手に取る。


 ──なんだ。


 刃物を持つ感覚で何かを思い出しだが今は食欲を治める方が優先だ。

 狙うは目の前で煌々と肉汁を照つかせるステーキ。


「じゃあ俺も頂きますね」


 肉にフォークを刺す寸前、斜め前のエルフィンに向かって言うと、彼女はどうぞどうぞと、手のひらで返す。


 刺して、切る。

 途端、どっと、肉汁が封印から解かれ、傷口からぴゅーっと溢れ皿全体を覆い尽くす。肉汁のプールに浸かった肉片を口に放り込み。

 もぐもぐ。


 脳髄がキュピーンと「こいつは旨いぞ」と言う全身からの台詞を必死に反射する。

 

 まだ六分の五以上ある肉のことを忘れ、その味を出来るだけずっと覚えていられるように何度も何度も噛み締める。

 嫣下をしたあとも、遥か彼方へ落ちて行ってしまったあの旨味がまだ口の中に残って消えない。


「旨……すぎる……」


 散々思考した結果出てきたのは、小学生並みの感想だった。


「やー、二人とも絶句かぁー。ほーんと料理人冥利に尽きるってものだよー」

 

 エルフィンは俺の様子を見て、そんな事をこれまた笑顔で言う。それをみて俺も思わず笑顔になって、村長さんも笑顔になった。

 

 ひたすら、食材と笑顔がいっぱいの空間だった。


 ◇◇


 食事が終わって俺とミリで(流石にここまでしてもらってあの二人にやらせるわけには行かない)皿洗いや、なにやらを終わらすと村長の一言で現状把握と、情報共有の時間が設けられた。


「じゃあ、ここマルヤナ村がどういう村でどこにあるかって事から説明しようかな」


 簡単に言えば、第三地区のずっと下の方。

 少年とミリさんが流されたあの二股の川の上に前身の太い川があってね、それを何キロも上がった先に電車が通る大きな橋があって、それを進むと第三地区があるんだ。


「橋……」


 橋と、村長さんが言った瞬間、ミリの体が小刻みに震えた。きっとあの光景を思い出したんだろう。どこからともなく飛んでくる何かに体を貫かれ息絶える人々、一瞬で血に染まった車内で懸命に何かから逃げないと行けないと言う恐怖。考えるだけで吐き気がしてくる。

 

「俺たちはその大きな橋で襲撃を受けたんです」


 次から次へと滝のように言葉が止まらない村長さんを遮って言うと、キュッと目を細め声のトーンを落として訊いてくる。


「襲撃……? あの橋で襲撃ってどういう」


「わからないんです」


 正直言ってこんなもんしかわからない。なんかエネミーがいたような気もするけど、最終的にはそれがなんなのか、なにが起きたのか、そんなことは一切合切わかっていない。


「わからない……か。そうだね、ミリさんの様子をみるにここであまり記憶を刺激しても良くない。今はわからないならわからないで、保留にしておこう」


「ありがとうございます」


「でー、そうだ。ここの位置は話したから次は、ここがどういう場所なのかについて話そう」


 村長さんは、背後にあった本棚からこの村の地図を取り出し、ランチョンマットを外した机の上に広げた。

  

 地図の中心には雑に描かれた赤い円があり、その横に「ここ!」と汚い文字で描かれてある。


「……。字の汚さはおいておいて、書いてあるとおりここが私の家、現在位置だ」


「それで、ここが少年とミリさんが流された川」


 すすす、と指を左にずらし二股に別れている青い太い線の上にのっける。


「ここは、養牛場。そのまんま、牛、主に食用の牛を育てている場所だ。牧場って言った方がわかりやすいかな。それでここは、酪農場、こっちは牛乳用の牛を育てて、牛乳を採る場所だね。で、ここは牛に食べさせる牧草を育てる場所で、ここは牛を食肉にする場所だね」


 それからそれからと、村長さんは楽しそうに地図上の指を縦横無尽に走らせる。説明量の多さと速さで全く追いつけないが、一つだけわかった事がある。


「以上でこの村の場所についての説明は終わるけど、質問とかはあるかな」


 村長さんの声でミリは俺に目配せをする。どうやら自分から言いたいらしい。

 いいよ、と適当に返すとミリは言った。


「なんで人間の住む場所がないんですか?」

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大胸筋の剣闘士(グラディエーター) kulnete @Kulnete

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