第6話「出鱈目な一閃」
空から降り注ぐ日光が焼けつくように熱くなってきた正午。その乾ききった地面を踏みしめる度に砂塵が巻き上がる。
『いよいよ決勝戦となりましたマッスルコロシアム! この試合に勝って30万Zを手に入れるのはどっちになるのかー! それでは選手を紹介シタイトオモイマース!』
相変わらず音量の調整が出来てないアナウンスが旧東京ドーム内に響く。それに呼応して観客は歓声やら奇声やらをあげ盛り上がり始める。
『青コーナー入りますは、ランキング2位に守られ何故かここまで上がってきてしまった、ぷっ、ハンタージョブの弥琴颯真ー!』
フィールドに手を振り一礼をして入る。って、
わっ、笑うなぁぁぁぁ!
やめろ止めてくれ実況者までが笑ってしまったらその笑いが伝染して観客も笑っちゃうじゃねぇか。
そなことを考えている内に案の定会場内が俺を小馬鹿にするような笑いに包まれる。
ほら言わんこっちゃない。
『ふぅ、えーと彼はですね……情報源によりますと筋力ステータスランキング3位で、大胸筋と呼ばれているそうです!』
その情報要りませんよね?
実況者が大胸筋といった瞬間に大胸筋コールが始まってしまう。なんだよこれいじめじゃねぇか。
決勝とかって完全に晴れ舞台なのにそこで俺はいじめられちゃうのかよ。
まぁいいやここで勝てばそんなのは全て無くなくなるだろうし。
頬を叩き気合いを入れる。
『続いて赤コーナー!! 予選で圧倒的な実力を見せつけ独走した【超級盾戦士】桑崎湊!!』
こちらもまた入場口付近で一礼してから観客に手を振り湊コールに包まれながら登場した。
ちっ! かっこつけやがって……かっこいいけど。
『桑崎選手の実績と言えばやっぱりあれですよね! 超級エネミー通称【アクナルザ】の単騎討伐!』
場内の拍手によりいっそう拍車がかかる。
まだまだ沢山実績はあるようだがもう聞きたくないので意識的に耳を閉ざす。
そして試合への集中力を高めていく。
この試合は完全に俺の敗北が確定しているといっても過言ではない、と言うかほとんどの人がそう思っているであろう。
さっきまで俺もその中の一人であった、でも今の俺は違う。
弱点を見つけた。抜ける穴があるのだ彼には。
『まだまだ実績は沢山ありますが時間をこれ以上押すわけにはいかないのでそろそろ試合を始めていきたいと思います! 両者とも準備はよろしいでしょうかー』
湊さんが手をあげたので続いて俺も手を挙げる。おそらくオーケーのサインだろう。
『両者とも準備が完了しているようですので、皆さん一緒に5カウントお願いします! せーの』
『5』
湊さんは俺を鋭い眼光で射ぬいている。手にもっていたハルバードを後ろに回し手前に盾が来るようにかまえ直した。しかしその間も俺からは一切目を離すことはない。
『4』
俺も負けじとにらみ返す。大きく息を吐き出し右足のホルダーからスティールソードを取り出す。
スティールソードからの反射が眩しい。
『3』
カウントが進むに連れて心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。胸からせりあげてくる熱い溶けた鉄のような物が全身へと広がり体全体が非常に熱い。
『2』
だんだんと周りの景色が薄くなっていき視界に残るのははっきりとした湊さんの輪郭のみとなる。
依然として呼吸は整わず鼓動だけが早くなっていく。
『1』
ここで今まで棒立ちだった体勢を一気に低くし右足を後ろに剣をもつ右手は前に持ってくる。
全体重を前に持っていき後ろには地面を強く踏みしめる為の力のみを残す。
『0 !!』
ーー刹那俺は閃光になった。
◇
彼は予選で一度も動かなかった。
そもそも盾戦士と言うものは通称タンクとも呼ばれる前衛で壁と成る人たちの事を言う。故に必要なのは体力そして圧倒的な防御力である。
彼の実績の中でも一番有名なもので超級エネミー【アクナルザ】の単騎討伐と言うものがある。
単純に考えたら人間のなせる技ではない。20メートル越えのエネミーと戦うって時点でまず頭がおかしい。
でも彼は成し遂げた。何故か?
それは簡単、相性が良かったらだ。それも非常に。
【アクナルザ】の特徴と言えば異常なまでの体力と遅いが重い攻撃、そして自分の体力を減らす代わりに常時攻撃力を何倍にもする能力だ。大抵の人なら一撃で死んでしまうような攻撃力を持った奴に勝てるものなんていない。
そう思われていたが攻略法は驚くほどに簡単だった。
毒を盛ればいいのだ。
あとはその攻撃を防ぎきるだけの防御力、ある程度の時間を稼げるだけの体力さえあれば誰でも勝てる。もっともそんな人は彼以外にはいないわけだが。
要するに彼の特徴は重い攻撃を防ぎきる事と圧倒的な体力なのだ。この時点でまず俺が彼の体力を削りきる事はほぼ不可能である。
でもこの試合では体力を削ることだけが勝利の条件ではない。
そう俺が今回狙うのは精神ゲージでの勝利だ。
◇
俺が真っ先に狙ったのは彼が唯一装備をしていない顔面。
もちろん盾によって防がれてしまうと言う事も考えたが一撃で決めるならばやはり一番恐怖心を煽れそうな顔面が妥当だろうと判断したのだ。
地面を蹴り土を抉る。
意識を足に集中させ光速にならんばかりの速度で彼の横を一瞬にして過ぎ去り後ろに回る。
やっぱり湊さんは動いていない。
これなら行ける!
彼の後ろはやはりがら空きだった。飛び上がり上空から剣を突き刺すように降下する、もちろん殺してしまうのは気持ち悪いので鼻の前辺りをめがけてだ。
「おおおおおお!」
絶叫をあげ勝利を確信する。しかし俺の渾身の一撃は彼の一振りで粉々に砕かれた。
「甘いよ、颯真君」
俺にしか聞こえない声でそう呟く彼の振ったハルバードは頭上にいる俺の事をしっかり捉え吹き飛ばす。更には俺のスティールソードを「破壊した」。
『おおっとぉ! 弥琴選手の武器が破壊されてしまったァ! これはもう桑崎選手の勝ちかアッ!?』
「まだだッ!」
吹っ飛ばされた俺は着地し体勢を整えると実況放送を遮るように、否定するように叫ぶ。
なぜだ。
まさか俺の動きが見切られていた? 俺の作戦がばれていた? あの速さの攻撃を彼の目ははっきりと俺を捉えていたと言うのか……嘘だろ。
握る拳の中にあるのは刃の八割が無くなっているスティールソード、こんなので戦えるわけがない。
しかもスクリーンに映る俺の精神ゲージは半分ほど削られている。
まずいな、このままの精神状態だと次また攻撃を受けた時にはきっと全て削られてしまう。
負けたくない。でも勝てる道がないとはこの事か。
一瞬でここまでの実力差だ、さっきよりも不利になったこの状況で勝とうだなんてあまりにも傲慢過ぎる。
でも、勝ちたい。
顔をあげ湊さんを睨む。湊さんは以前として初期の位置から動いてはいない。
「勝てるわけないさ、Fランクなんかの君がAランクの俺にはねッ!」
湊さんは戦闘中の性格が悪すぎると思う。
今度は湊さんが左手には盾、右手にはハルバードを振りかざして突っ込んで来た。
重装備で迫り来るそれは猛獣の突進その物である。一体どうやったらそんな装備でその動きが出来るのだろうか、そんなスピードだ。
「あぁぁぁあ!」
彼は上から下へとハルバードを振りかざす、その圧倒的な質量による攻撃は土の地面を軽く抉っていく。完全に俺を殺す気満々だ。
人間右から左に腕を振ると必ず右側が完全に無防備になる。だから俺はそこを狙って走り攻撃を避けた。
しかしそんな事彼からしたら些細なことだったのだろうかすぐさま体の向きを変え横へと武器を振り切って来た。
体重を前にしていた俺にそれを避ける術はなくハルバードの棒の部分が腹に直撃し体を遥か後方リングの壁へと打ち付けた。
「あがぁっ!」
壁が砕け、俺の体は一部壁にめり込む。衝突したときに骨の何本かが折れたのか体の至るところが痛い。口からは血が滴っている。
「読みが甘いよ」
湊さんは呟きながらまたも突進してくる。こっちは怪我してるってのに、容赦ないなぁ。大会だから仕方ないんだろうけどッ!
「あっ」
ぶねぇぇ!
今度は突進に応じてやろうと思ったけどそういえば俺今武器壊れてるんだった。
しかしこの判断の遅さが更なる危機をもたらした。
もうそこまで彼が迫ってきていたのだ。避けられな攻撃は防ぐしかないと聞いたことがあるが防げないッ!
「腰の剣を使って!」
どこかから声が聴こえた。
それはミリの声でもなく実況者の声でもない、ましてや湊さんの声でもない。しかしどこかで聞いたことのある声。
その声にすがり付くように俺は腰の鞘から剣を引き出し、そのまま迫り来るハルバードに向かって構える暇もなくただ無理矢理に上から下へと剣を振り抜いた。
一瞬、金属同士がぶつかり合う炸裂音がした。それが過ぎると場は静寂に包まれていた。
「何……だと……」
その静寂の中聴こえた声は湊さんの物だった。
声のする方へと顔を向けるとそこには刀身が砕け散ったハルバードを持つ湊さんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます