第5話「超級盾戦士」

第三地区には【ジョブ】と言うものがある。

 これはギルドカードに書いてあって、俺だったら【討伐者ハンター】だったりミリだったら【鎚矛使いメイサー】などに価する、漢字で書いてカタカナ読みする所謂個々の役職的な物だ。

 ジョブに寄って制限があったりMMORPGのように着れる装備着れない装備があったりするわけではないし特に意味が有るわけけでははないが、ファンタジー世界に行ったような気分になれるので俺は気に入っている。

 

 実際のところは単に上の奴等が誰がどの武器を使っているのかと言うのを分かりやすくするために作られた物だろう。

 ちなみに【ジョブ】は持っている武器でエネミーを何体倒したかに寄って変わっていく。

 

 俺のジョブの【討伐者ハンター】は一番最初に与えられるジョブだ。所謂初心者の称号と言うやつでこんなの着けているやつは町に出たら滅茶苦茶バカにされる。たとえ筋力がSランクだとしてもだ。


 ミリの【鎚矛使いメイサー】は確か鎚矛メイス系の武器での合計討伐数が100体とか言っていた気がする。


 そして俺の前で武器の調整をしている金髪オールバックの彼。

 その顔以外を蒼い中世風のアーマーで包んだ体をまるごと覆い隠せるほどの巨大な盾を携えている男のギルドカードには【超級盾戦士マスターシールダー】と書かれていた。

 

「マスターシールダー!?」


 その文字を見るやいなや俺の口からは驚きと感嘆の2文字が張り出していた。

 【超級盾戦士マスターシールダー】や【超級剣士ソードマスター】やらの、ジョブに超級orマスターとつく役職の人はなかなかいないとかのレベルの話ではないのだそもそもなれない・・・・・・・・のだ。合計討伐数100万越えはもちろん超級エネミーを一人で倒す、などその条件はいろんな噂が飛び交い謎極まりない。

 故にマスターとつくジョブを持っている人は一人を除いて、いないとさえ言われていた。

 

 確かに最近超級にはなった人がいると言うのは知ってはいたけど……まさか会えるとは。

 

 俺はマスターとつくジョブの人を見るのはこれで二人目だ、しかし驚きはいまだに収まらずギルドカードを持つ右手なんて小刻みに震えている。

 

「この前もそんな反応されたんだー」


 と、集合場所である個室を揺らすかの大声で彼はそう言っているが俺からしたら気が気でない。

 こんなキメラ型エネミーすら倒したことのないしかも討伐者ハンターの俺がマスターのジョブの人と話しているのだから。

 でもミリには言わないで置こう、一日中質問攻めに会うだろうし。

 

「俺の名前は桑崎湊かざきみなと、呼ぶときは湊でいいよ、よろしく!」 

 

 湊さんが金属製の手袋をはずし握手を求めてくる。

 出されて来た手を握るだけでどれだけのエネミーと闘ってきたかが分かった。

 触ると暖かいその掌は豆だらけでごつごつとしていて、手の甲には無数の傷跡が残されていた。

 俺とは比べ物にならないな。

 当たり前か。

 

「ええっと、僕の名前は弥琴颯真です、よろしくお願いします!」

 

 危ない。緊張しすぎて一瞬自分の名前を忘れかけた。一人称変わっちゃったし。

 

 

 ◇ 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 お互いが無言のまま時間だけが過ぎていく。

 気まずい。いや湊さんは武器をいじっているからそう思っているのは俺だけなのかもしれないが。

 

 その静寂を切り裂き口を開いたのは湊さんだった。

 

「えーっと颯真君? だっけ、君はなんでこの大会に出ようと思ったの?」

 

「いやぁなんと言いますか流れ……ですかね」

 

 うん、あれは流れだろう多分。

 俺の適当な答えに湊さんは少し困惑したがなにを話したいのかどんどん話を進めていく。

 

「……流れ? まぁいい俺はねあとちょっとで上層居住権が買えるんだよ、だからその最後の記念としてこの大会に出ようと思ったのさ、いいだろう?」

 

 上層居住権か、聞いたことあるな。

 

 確か最下層の俺等が一定の金額を上層へ渡すもしくは特定の条件が達成された時にのみ適用される物で、ここにいる人たちの何人かはそれを狙って日々狩りを続けているらしい、と。

 

 これなら上層の奴等も一応救済手段は作ってくれているんだなと思うだろうが。

 

 しかしそれには盲点たるものがある。

 金額が高すぎるらしい。何億Z、何兆Zいやもしかしたらそれ以上かもしれないと聞いたことがある。

 そもそもいまのところその権を持っているのは一人しかいないしその人ですら話をするのにはいくらかの手続きを踏まないといけないのだから、そんな噂がたつのも不思議ではない。

 まぁ一般市民以下である俺からしたらそんなもの夢のまた夢のような話なんだけど。

 

「記念ですかーいいですねぇ」

 

「まぁここに俺以上の猛者なんていないだろうからなぁ。ほとんど俺の一人勝ちってもんだよはっはっはー」

 

 彼は笑顔で言う。

 

 でしょうね。

 主催者側もまさかマスターのクラスの人が参加するなんて思っていなかっただろうし。選手だったらなおさらだろう。

 負ける気はないけど。

 

『はーいミナサマー集まったでしょうかーでわでは時間になりましたので今大会の説明をしたいとオモイマース!』

 

 今回のアナウンスはわりと簡単なものだった。

 予選は二人一組のチーム戦。数が多すぎるので10チームが一度に闘技場エリアで争う。その中で勝ち残れるのは一チームのみ。

 今回使われる勝ち負けの基準は体力ゲージ、もしくは精神ゲージが先にゼロになった方の負け。

 しかし相手を二人共ゼロにしないと勝ちにはならない。

 リーグ戦ではなくトーナメント方式を採用する。

 とのことだった。

 

 そして今回判定に使う【精神ゲージ】を作り出すために使用するのが今俺が着けている銀の腕時計らしきものだ。

 

「まぁ本物の銀なわけないか」

 

 叩いてみるがまず音からして違う。

 中身のぎっしり詰まった金属の音ではなく鈴の外郭だけのような音しか鳴らない。

 多分脈拍を測るセンサーにカバーを着けてステンレスのメッキでも塗ったんだろう。

 

「はっはっはー、当たり前じゃないかこんなところに銀が回ってくるなら俺等はもう解放されているはずだ」

 

「ですよねー」

 

 適当にあしらっておく。

 

「おっともうそんな話をしている場合ではなくなってきたね、決勝。頑張ろうね」

 

 湊さんはそういやらしい“勝ちを確信したかのような”笑顔で俺に言った。

 

 確かに俺達が決勝に行ける確率は少なく見積もっても100%……。

 ただ、決勝で戦うのがチームメンバー・・・・・・・ってのはおかしいと思う。

 とてもかなり滅茶苦茶。

 

 さっきのアナウンスには続きがある。

 決勝についての話だ。

 今大会の決勝は普通の決勝とは違う。

 今大会の決勝は最終的に残ったチームのメンバー同志で争う。故に仲間割れなど全然オッケー。むしろやってほしいと言ったのだ。

 確かに最後まで生き残ったチームが最強なのは明らかである。ただそれはチーム戦だったときのみの話だ。

 チーム戦では最強だとしてもお互いの強さの差がひらきすぎていたらどうしようもない。最悪なのは一人が最強だった場合だ。

 最弱が最強に惨殺される。そんな決勝が起きてしまう。

 起きそうだけど。

 

「今からやるのは予選ですけどね」

 

 そう言うと俺は大衆の歓声が飛び交う闘技場内へと足を踏み入れた。

 

 ◇◇◇


『決勝進出はナンバー1919!!』

 

 そんなアナウンスが大音量で流れている。

 太陽は丁度俺の真上に近づいてきてそろそろお昼だろうなぁと言う時間になってきた。

 予想はしていたが予選の結果は散々なものだった。湊さんが強すぎて。

 

 開始前湊さんの考え出した作戦はこうである。湊さんが前で敵の攻撃を大きな盾で防ぎながらも、湊さん・・・が相手を倒していく。だから俺は後ろで突っ立っていろ、と。

 いやバカなんですかね? 湊さんは! と思っていた俺がバカだった。

 

 他の人と比べて湊さんの実力はあまりにも次元が違いすぎたのだ。

 まず予選終了の時点で湊さん本体にダメージを与えたものは誰一人としていない。

 ちなみにだが俺もノーダメージだ。

 

 試合中俺以外の18人それぞれが攻撃を繰り返していく中、湊さんはその攻撃全てを盾で受け尚且つ彼らの動きが止まった瞬間もう片方の手に持っている巨大槍斧ハルバードで彼らの武器を一払いで真っ二つにしていった。楽しそうに笑いながら。

 今の日本では使える武器が無くなると言うことはその人間の死と直結する。

 死ぬことが怖くない人間なんていない。

 それを実体験している俺たちではなおさらである。

 そして彼らはその死の恐怖に抗えず精神ゲージが一気に削られ次々と敗北していった。

 

 それを何回か繰り返していくうち俺と湊さんは決勝まで進んでしまったのだ。

 

「優勝はきついかぁ……」

 

 右手にもった【スティールソード】にため息がかかる。

 俺は近くにあった壊れかけのベンチに横たわり決勝開始までの時間をここで過ごすことに決めた。

 この時間は暇だからミリに会うことも出来ないこともないが今のこの悲歎に満ちた表情を見られるのが何となく嫌だった。

 

 運良く決勝に出ることは出来たものの勝てる気が全くしない。確かに湊さんにも弱点はあった。

 ただその弱点を引いたとしても俺に勝てる算段は限りなく少ない。俺が出来ることなんてせいぜい力任せに剣を振り回す事ぐらいだ。

 そもそも対人戦闘なんてやったことないし勝てるわ……、

 

「あーもう! こんなことばっかり考えてたら戦う前に精神ダメージで負けちゃうじゃねぇか!」

 

 声をだし自分で自分の頬をひっぱたく。

 鍛え抜かれたその腕によって叩かれた頬は死ぬほど痛かったが少し気持ちをリセットすることは出来た。

 

 俺の戦う理由なんてたかが女の子に良いものを食わせたいってものだが今はそんなこと関係ない。

 

 俺の嫌いなことは負けること。

 だからなんとしてでも勝つ。

 それだけだ。

 ただ、それだけ。

 だから俺は、

 

「絶対に勝つ」

 

 俺は自分に言い聞かせるように、祈るように呟いた。

 そしてマッスルコロシアム決勝戦が始まった。

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