第4話「無知との遭遇」
壊れかけの東京ドームから一旦離れ、眩しい朝の日を浴びながら一分ほど歩いた所に売店はあった。俺が砂糖水(5Z)を買うべくして財布からお金を出そうとしていると近くから可愛らしい声で喚き散らす少女の声が聞こえてきた。
「ねぇーえー! いいじゃーん5Zぐらい! 私お金ないのーどーせ私より稼いでるんでしょー! おーねーがーいー!!」
まぁとんでもない内容ではあったが。
俺はその言葉を聞くや否や一瞬にして察した。“こいつには絶対に関わらない方がいいな”と。
こう言うのはさっさと動いた方がいいと知っている。
俺は早急にこの場から脱するために体を反転させた。
幸いまだその声の主は俺に気づいていないらしいし、今ならまだ逃げられるかもしれない。
そう思った時だった。
「あ、もしかして貴方、あの変な名前の大会に出る人?」
「そ、そうだけど……」
俺は見事その女の子に肩を叩かれていたのだ。
俺の肩を叩いたのは俺と同年代ぐらいだろう女子だった。
その女子の髪はショートボブに切り揃えられ色は金一色に染められている。そしてその華奢な体を包んでいる黒い何かの布切れであろう物の下からは純白の「パンティ」が見えるか見えないかの程度の短いスカートが見え隠れしていた。
あと腰に片手剣が見えた。
「いやぁーよかったぁ、ねぇー聞いてよ! あの人がね私が砂糖水買おうとしたらダメって言ったの! なんでだと思う? お金が足りないからって言ったんだよ! ひどくない?」
ひどくない。
全くもって至極当然のことである。確かに砂糖を水に溶かしただけのものが食パンと等価とは思えないが、それの値段がどうであれそこで物を買いたいのならばお金を払うしかない。
こいつ、さてはバカだな?
俺が見下した目でそいつの言っていることを無視しながら見つめているとなにかを察したのかそいつはまた変なことを口走り始めた。
「ねぇ、さっきから私を見つめてどうしたの? あ、もしかしてお金をかしたくなっちゃった? もー仕方ないわねぇ今回だけよ、ダーリン」
この語尾にハートのついたようなしゃべり方をする女のせいで俺の堪忍袋の尾がひどい音を立ててぶちギレた。
「おい、俺を勝手に貴様のダーリンにしてんじゃねぇぇぇぇ!」
俺は女だと言うことも気にせず彼女の左頬にクリーンヒットした拳を全力で振り抜いた。
オブッ゛と言う聞いたこともないような擬音語をあげた彼女の体は遥か前方に吹っ飛ばされコンクリートに強く打ち付けられていた。
「あ、すみませんお騒がせしました。砂糖水ひとつ下さい」
突然の出来事に唖然としている店長は俺がお金を渡すと「あ、あぁ」と言いながら砂糖水とお金を交換してくれた。
これが買い物だと近くで気を失っている彼女に教えてやりたい。
◇◇
「いやぁーそれにしてもキンッキンに冷えた砂糖水は最高だなぁ」
腰に手を当てて右手には砂糖水の入ったコップそれを半分ほど飲み干したあとのこの爽快感たまらん!
やっぱり砂糖水は溶けた砂糖がギリギリ出てこないぐらいの温度に冷やして飲むのが最高だよなぁ。
果汁の入ったジュースなんて高すぎて一般市民が手に取れなくなった今、飲み物で爽快感を味わうには砂糖水ぐらいしかないのだ。
無駄に熱された体を甘い冷水がじわじわと冷やしていく。全くさっきの女はなんだったのかとかそんな下らないことはさっさとこの砂糖水と一緒に胃の中に流してしまおう。
「いやぁーそうですなぁ。キンッキンに冷えた砂糖水は最高ですなぁ」
次の瞬間いつのまにか俺の手にあったはずの入ったコップがなくなっており、近くにはさも涼しそうな顔でさっきの女がその俺の物であるはずの砂糖水を飲み干していた。
そんな彼女を見た俺の体はもう自然なほどに戦闘体制に入っていた。
◇
「すみませ゛んすみませんン゛ン!!」
もはや人の言葉も話せなくなってしまいそうな彼女はたった今俺に手首をねじ切れんばかりにねじられている。
「なーんで人のやつ飲んじゃうんですかねぇー!? あれ俺の全財産だったんですけどっ……」
もうやだ、泣きたい。
訳のわからん女に絡まれてそいつに全財産をはたいて買った砂糖水を飲まれて……今日俺呪われてんのかな?
「え? そうなの? そんなに高いプレート着けてるからさぞお金持ちなのかといたたたた!! はなしてっはなしてってばぁー!」
「あーもういいやもう疲れた」
彼女が思いの外暴れまわるので取り敢えず手を緩め解放する。本当ならさらなる罰を与えたいところだが大会前だし何よりも精神的に疲れた。
「えーとすみませんでした……まさか同じ貧乏さんだとは思ってなかったもので……」
「あーもういいよ、このプレートは始めにもらうお金で買ったんだよ。確かに始めにこんな高いの買う人なんていないだろうしなぁ仕方ないよ」
俺の着けているグレートプレートは、やっぱり最初にあげておくべきは防御力だよなっ! とあとのことを考えてない短絡的な考えで買ってしまったもので。値段は50000Zと言う貧乏からしたら超高級品だ。
まぁ、本当なら有り金全部はたいてもエネミー倒しときゃどうにかなるだろうと思っていたのだが……キメラ型しかいないんだよなぁこの辺り。
「と言うわけだ、じゃあな」
俺はやけにショボくれた彼女を置いて店のあった方とは逆の東京ドームの方へと振り返りそのまま走り去ろうとする。しかしそれを彼女は許さなかった。
俺の右手を掴んで離さない。
「待って! 責めてもの謝罪と言うかなんと言うか……これ! 受け取って下さい!」
「はぁ? なんじゃこりゃ……剣?」
俺がお辞儀をした彼女から手渡されたのは茶色い革製の鞘に収まった片手剣だった。刀身は俺のスティールソードの1.5倍はあるだろうか。長い。
でもたいした装飾もなくただばっさり剣と言ったらこれだろ。みたいなものだった。
「そうです剣です! ただの片手剣です。まぁ私は貧乏ですしこのぐらいでしかお礼ができないのです」
「でも……今の時代剣がないと生きていけないだろ? これは受け取れないよ……」
「大丈夫です! もう一本あるので!」
そう言うとポケットから小刀を出した。
それで戦えるわけないじゃないか。
「でも……」
『あーはい、そろそろ集まりましたでしょうかーあと一分で集合完了時刻ですノで外にいる選手は早急に戻っテくるように! でわっ!』
俺がその剣を返そうとしていると旧東京ドームから外部に向かってアナウンスが流れてくる。相変わらずな適当さだなぁー。
「じゃなくて! 早く行かないと! あーえっと……あっ!」
「その剣あげるね。ちなみにその剣斬れないからー!」
俺に背を向けて走り去っていく少女が一人。もちろん彼女だ。
そして彼女はどうでもいい剣の特徴をいい放つとそのまま日の光に飲まれて見えなくなってしまった。
人通りの少ない道、一人取り残された俺は、
「名前……なんだったんだろ」
そんな疑問も抱いたが後の祭りだ。
俺は腰に剣と鞘をくくりつけ空腹により獣のように声をあげる腹を押さえ込み間もなく予選が始まるだろう場所へと走っていった。
そしてたどり着いたそこには大きな盾がいた。
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