第2話「俺のあだ名は大胸筋」

 ギルドカード。それは個人情報の塊である。裏面には討伐数によって算出されたランクが載っているが、表面にはそのギルドカード保持者の肉体的そして精神的ステータスによって算出されたランクが載っているのだ。

 

 ステータスは体力、攻撃、防御、敏捷、技術の5つに分かれている。この指標は上の役人どもが俺ら下位層の身体能力を管理するための物で、ここのギルドに入るときに必ず通るゲートで全て強制的にデータが取られている。そしてそれは自動で上の役人に送られる仕組みとなっているわけだ。


「よし!」



 ランク【A】討伐者ハンター・弥琴颯真

 体力・562

 攻撃・871

 防御・321

 敏捷・660

 技術・170


  思わず溢れてしまった喜びの声の先にあるものはランクAの文字。ランクAとは上から四番目のランクだが今のところはこのランク以上の人間はいない。すなわち一番上のランクと言うことだ。


 体力は自身のスタミナと精神力に肉体のダメージ(全快状態を100%としたもの)を足した合計値となっている。

 攻撃は筋力と武器の攻撃力を足したもの。


 防御は今着ている装備の防御力をそのままかいたもので。


 敏捷は体重と筋力をなんかいい感じにしたものらしいが実際はほぼ筋力依存だ。


 技術は武器を巧く使いこなせているかどうかが分かる物だが、キメラ型も満足に倒せない時点で例え筋力が高かったとしても意味が無いものとされているらしく。

 数値的にみれば俺の技術はランクEである。


 俺の使っている武器すなわち【スティールソード】の攻撃力は30。最下層である第三地区に区分された時始めに支給された武器の一つであり俺がここまで一年間愛用してきた剣でもある。

 別に愛用したくてしているわけではない、ただ死んではなにも始まらないと思い初期の頃に持ち金全てで今俺がつけている上級装備【グレートプレート】を買ってしまったせいでお金がなくなってしまい渋々使っている次第である。


 普通初期なら金効率が一番高いキメラ型をバンバン倒してお金を稼ぐのが定石だが、俺にはもちろんそんなものは当てはまることはなく、今でもお金に関してはパーティーメンバーであるミリに依存している。

 もちろんこのままではいけないことぐらい俺だって分かってはいる。

 だがしかしいくら何をしようとも恐いものは恐いと言う奴で、どんなに剣を振ろうとしても振れないのである。


 でもやっぱりこれではダメだと思いただひたすらに筋トレをし続けた。

 朝起きてから寝るまでずっと筋トレをしていたこともあったっけ。で、それの結果がこれだ。筋力だけでみれば完全にSランク。

 しかしながら他のステータスは雑魚。筋肉塊やら、筋力馬鹿などと様々なあだ名で呼ばれる日々。

 それを、道を通るだけで言われるんだ。

 俺の名前をきちんと知っているのなんてランクチェッカーぐらいしかいないんじゃないかと言うぐらいだ。


 それにしてもひどいのがさぁ、ミリなんて俺のこと大胸筋なんて呼ぶんだぜ! たまにだけど。


 噂をすればなんとやら、ギルドカードをホルダーに仕舞ったミリが俺の顔を押し退けてギルドカードを覗いてくる。


「ぷぷぷ、大胸筋……」


「わっ、笑うなぁー!」


 ミリは必死に笑いを堪えているようにも見えるがあれは完全に俺を馬鹿にした顔であることは直ぐに分かった。

 

 一体このやり取りも何回目だろうか。たまにいらつくこともあるが実際のところこうして話し相手がいるだけでも俺は幸せなのかもしれないな。

 

「そんなに俺の大胸筋って凄いのか?」


「ええ、凄いわよ。無駄にね! ふぷぷ」


 また馬鹿にしやがって……ふんっ! だったらこっちも色々と考えなくてはならない。対抗手段を。

 あ、そうだ少しふざけてみようか。


「そんなに凄いって言うならさ直で見てみるか?」


「え?」


 戸惑うミリ。当たり前だ、寧ろここでいいよこいよとなってしまってもこっちのペースを崩されるだけなので全く以て計算通りのミリの反応に感謝する。

 ミリが戸惑っている間に先手を打つ。

 黒いワイシャツの上から着けている【グレートプレート】をかちゃりと外し。ついでにワイシャツも第4ボタンまで一気に空ける。

 ミリは俺の突然の行動に『はわはわ』と口を動かし赤面し視線を泳がせる。いいぞ、その反応を待っていた。本当ならここまでいく予定はなかったが調子に乗った俺はさらに一線を踏み越える。


「ほら、触ってもいいぞ」


「え、ちょっ何言って……!」


 未だに覚悟を決めることなく戸惑い続けるミリの細く白い腕をつかみ、ほぼ無理矢理俺の大胸筋に触れさせた。ミリの手は小さくて柔らかく、そして仄かに温かい。

 さぁて、ミリは一体どんな反応をっとあれ、固まっちゃってる??

 

「おいミリ! しっかりしろ!」


「ソウマの大胸筋が温かくて固くて……あぁ……」


「なにいってんだよ! おいって! ……あ」


 ミリはその小さな手を俺の大胸筋に当てたままぷしゅーと頭から湯気を出すかのごとく顔を真っ赤にして気絶していた。


 しまった、やり過ぎたか。


 ◇◇◇◇


「ごめん、ごめんってばぁ!」


 俺はまだ気絶状態から立ち直ったばかりで顔が赤く火照っているミリを追いかける。

 

 ミリはあれから一言も喋ることなくずんずんと俺を引き離すかのように歩いていってしまう。これでは追いかけるだけで一苦労だ。


「ねぇーミーリーなんかおごってあげるからさぁ……いやっ! この際何か奢らせてくださいミリ様!」


 俺はそう言うと半分ふざけて半分本気で頭を深々と下げる。


 喋ってくれないのなら喋ってくれるまで話しかけ続けると言うのも一つの手ではある。でもそれでは時間がかかりすぎてしまう場合が出てきてしまう。そしてそれは恐らく今回がそのパターンの代表的なものだろう。

 ミリが怒るのも確かに分からなくもない、そりゃいきなり好きでもない男から無理矢理胸を触らさせられたら誰でも怒るに決まっている。

 だから俺は作戦を思い付く手段の二つ目に移行することにした。

 喋ってくれるまで話しかけるというさっきの作戦とはうって変わって、喋ってくれないなら逆に相手から喋りたくなるような話題を振ってつるという作戦だ。

 そしてその効果は直ぐに表れた。


 ミリは絶えず動き続けていた足を止め、顔だけを少しこっちに向けていった。

 

「な、何おごってくれるの?」


 こう言ってはなんだが、ミリは単純だと思う。

 朝のドッキリだって何回やっても引っ掛かるしなんだかんだ喧嘩したとしても簡単に言いくるめられるし、なんと言っても食べ物に関する時のミリはほんと凄い。自ら詐欺に引っ掛かっていかんばかりの勢いで騙されに行ってしまうのだから。

 単純と言うか食いしん坊と言うか、まぁそれがミリの可愛いところでもあるんですけどね。

 

 そして奢る、その言葉にミリが弱いことは知っている。すなわち俺は今この状況ではぴったりな言葉だと言うことだ。

 ミリの怒りを抑えるにはその誠意を表さなくてはならない要するに今出せる金額の最大値で応戦すれば勝てる道も見えてくると言うことだ。


 俺は12才の誕生日に買ってもらったマジックテープで開け閉めするタイプの財布をビリビリと言う音をあげながら開け。中身である俺の全財産を確認する。

 薄いプラスチックで出来たコインが5つ。

 

 ……5Z。


 嘘だろぉ! 5Zなんてパンひとつしか買えねぇじゃねぇか! こんなのじゃ、こんなのじゃミリの怒りをより増幅させるだけだ。畜生こんな所持金が少ないなら奢るなんて言わなきゃ良かった……。でも仕方ないもう言ってしまったのだからここからどうするかだ、ここで俺の人生が終わるか、まだ生き残ることが出来るかが決まる。

 よし、手始めに奢れるものを言っておこう。


「パン……かな」


 飛んできたのは拳骨。どうやら俺の物を奢って機嫌を良くさせると言う作戦は失敗に終わっ……いや待てよ。

 何も今俺の所持金で奢らないといけない訳じゃない。誰かに今だけお金を借りればいいんだ!


 現在時刻午前6時。そして俺の周りに人は一人しかない。


「と言うわけでお金を貸してくれミリ」


 今日三度目の拳骨が飛んできた。


「もぅ、あんた馬鹿なの? なんで私に奢るためのお金を私から借りようとするのよ、それじゃあただ私が買いものするだけじゃない、はぁ、もう疲れちゃった」


 ミリはさっきまでの怒りの表情は消えたもののがっくりと肩を落としてなんだかうなだれてしまった。やっぱり何とかして元気を出させてあげないと可哀想だと思った俺は辺りを見回した。

 すると半分からポッキリと折れ曲がった電柱に30万Zとかいてあるチラシがくくりつけられているのが見えた。

 俺はそれを一枚拝借してミリに見せながらこう言った。


「ねぇミリ! 俺これに出ることにする」


 俺のそんな台詞にはぁ? なにいってんの? みたいな顔をされたが仕方がない。今になって気付いたのだがそのチラシには。【強者求む! 第一回最強剣闘士決定大会! 賞金30万Z】と、書いてあったのだから。


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