第8話「超級武器使い」

俺はミリの名を呼んだ彼を知っている。

 

 人を優しく見下す黒眼に高くもなく低くもない鼻、筋肉質なうえに高身長、そしてミリと同様の光沢のある、艶やかな白い髪それを肩のところで切り揃えている。

 

 彼の名は乾来栖いぬいくるす。 

 

 正真正銘ミリの五つ違いの兄だ。

 彼は大戦前の日本でトップである大学に通う頭脳を持ち、尚且つ槍投げの全国大会で優勝するほどの運動能力を持つ圧倒的なスペックの人間だ。

 そしてその異常なまでのスペックは現在にまで引き継がれている。

 

 厳つくもしなやかな身体の上から纏うのは、第三地区では高級品中の高級品であるSSS級エネミーの素材をふんだんに使った赤いプレートアーマー。その両肩からは黄金の婉曲した角が装飾されている。

 

 そう彼はこの第三地区唯一上層居住権を持つ人間、且総合ランキング第一位の【超級武器使いウェポンマスター】なのだ。

 

 勿論の事ながら彼の登場に会場は一瞬遅れてどよめき騒ぎ出す。

 

『ななななんと! 暴走した桑崎選手を止めたのは、第三地区の英雄ウェポンマスター乾来栖だァ!!』

 

 実況者がもうこのテンションである、そりゃもう会場の人達は暴動が起こらんばかりに興奮するのもわからなくもない。

 そして俺はミリに投げ捨てられたグレートプレートと剣を回収する。


「いやぁ良かった良かった、ミリ怖くはなかったかい?」 

 

 そんな周りのことは気にもとめず彼は堂々とミリの方へ歩いていき勝手に話始める。

 

「お兄ちゃん近いからっ、もぅ」

 

 彼は久しぶりに合ったミリに興奮したのかあまりにも近づき過ぎている。悲しいことにミリからは両手で全力で突き放されているが。

 彼が思春期の娘を持つ親のような顔をしていたので俺から割り込んでみる。

 

「久しぶりですね来栖さん」 


「……おお、ソウマじゃないか久しぶりー? ってソウマはなぜここに?」 

 

 いや、ミリはいいのかよ。

 さすが一位と言ったところか、一般市民以下である俺からの握手を快く受けてくれた。まぁ前はずっと遊んでたりしてたからあたりまえっちゃあ当たり前のことだけど。

 

「あぁ、さっきまでここでマッスルコロシアムが行われていたんですよ」

 

「マッスルなんだって?」

 

「いや、やっぱりいいです。なんで来栖さんこそこんなところに飛んできたんです? 今は上層で暮らしているじゃないんですか?」

 

「妹の危機に助けにこない兄なんていると思うかい?」

 

 え、この人かっこいい……。

 

 いやちょっと待て、そういえばこの人相当なシスコンだったよな。ミリいわく13才になっても一緒にお風呂に入ってこようとして来るぐらいヤバイらしい。

 前言撤回、怖い。

 

「多分いない……ですね」

 

「だろだろ、でな俺はミリを追ってたらミリの近くで危険な反応が合ったから速攻で来たってわけよ」

 

 何故分かったんだこの人! てか追ってたって何? 前提がまずストーカーなんだけど……。まぁそれは置いておいて。

 

「ありがとうございました!」

 

 声を張り上げ幼馴染みの兄に深々と頭を下げる。

 

「いやいや、そんなソウマに何かやった訳じゃないんだしさほら頭あげてくれ」 

 

 多分湊さんは俺の方に来てたと思うけどそれには気づいてないらしい。

 来栖さんはこの関係に少し違和感を覚えたのかそれとも社交辞令かは分からないがそんなことを言ってくれる。

 

「来栖さんがそう言うなら」

 

 頭をあげるついでに落ちていたあの剣も回収し腰の鞘へと納める。

 

「そんなことより、ミリに襲いかかろうとした愚物はどれだい?」 

 

 急に来栖さんの口調が変わる。

 俺はあそこだと地面に突っ伏して今にも生き絶えそうな血塗れの湊さんを指差す。

 

「あぁ、あれかランキング二位になったからって調子に乗りやがって……おい起きろ、寝てんのか?」

 

 来栖さんは湊さんを何回か蹴り反応がないからと言う斬新な理由で、容赦なく二度三度槍で突き刺す。

 

「う、ううアガっ! あぁあぁ!!」 

 

「やっ止めてよお兄ちゃん!」

 

 湊さんの絶叫にミリもすかさず湊さんを守りに来栖さんの前に出て手を広げる。

 さっき愚物呼ばわりされた湊さんの体からは鮮血が溢れだしている。

 湊さんを守ろうとするミリに来栖さんは反論する。

 

「え? こいつミリを攻撃しようとしたんだよ?」

 

 ダメだこの人、理論がぶっ飛んでる。いやぶっとんではないけどなんと言うかまるでミリのこと以外頭に無いような感じだ。ミリが俺と組むって言ったときも凄く悲しんでたらしいし。

 もうこの人の場合シスコンのレベルを遥かに超越してる。

 

「それでもだーめ!」

 

「まぁミリが言うなら今回は許そう、いや、許さないけど見逃そう」  

 

 槍を背中の鞘らしき物へと仕舞いその場から来栖さんは一言残して離れる。

 

「あなた次からはこう言うことしないように、お兄ちゃんになにされるか、わかんないからね」

 

 ミリは少し怒っている様子で湊さんに説教をする。その姿はさながらいたずらをした子供をしかるお母さんだ。

  

「でも、もともと狙ってたのは……」 

 

「言い訳しないの! ほらソウマ帰りましょ」

 

 湊さんの言い訳もむなしくミリの叱咤によって止められる。

 

「あぁ、そうだな」

 

 ミリの声に呼応して俺が帰ろうとミリの元へと駆けようとしたら来栖さんに右手をがっつり掴まれその掌の中に何か紙を握らされた。

 

「悪りぃソウマ、渡せって言われたんでな」

 

 掴まれた手を離され握っていた物を見るとぐしゃぐしゃの紙を無理矢理引き伸ばしてそれを四つ折りにしたような何かがあった。

 

「パンの包み紙?」

 

 それは俺らの主食であるコッペパンを包んである紙、半透明のあぶらとり紙のようなかなり見慣れた物だった。開いてみようとしたがその手を上から来栖さんの厚い掌に握られそれは叶わなかった。

 

「中身は後で見ればいいらしい、取り合えず俺は渡したからな」

 

「ソウマーまだー?」

 

 この紙が誰から渡すように言われたものなのか、そもそもこれが何なのかを聞こうとしたがミリに呼ばれてしまった。

 ミリはもうこの会場に飽きてしまったのか一人地面に指で絵を描いている。

 

「ほら、ミリに呼ばれてるぞ」

 

 背中を押された俺は仕方なく聞くことを諦めミリの方へと足を運ぶ。

 

「じゃあ。来栖さんまた何処かで!」 

 

「あぁ、きちんとミリを守ってくれよ。そうしないと……」

 

 少しふざけているようにも見えるが、不味いあの目は本気だ。ミリに怪我なんかさせたら俺が殺される。

 もともとミリはなんとしてでも守り抜く予定ではあるが。

 

「わかってますわかってますから! じゃあ!」

 

 ポケットに紙を突っ込むと、軽く別れを告げその場から離れる。

 俺が近づくとミリはさっきまで描いていた絵を足で塗りつぶして立ち上がる。

 

「ミリ、絵上手いのにもったいねぇ」 

 

「いーのいーのこんなのいつでも描けるんだから、ほら帰ろ?」

 

 可愛らしい笑顔と共に差し出された手を握り俺とミリは旧東京ドームを後にした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 空が少しずつ紅くなっていくのを見ながら歩くこと30分俺とミリは家についた。   

 

 

 家と言っても誰かが使っていたであろう廃屋を勝手に二人で使わせてもらっているだけの古びた二階建て一軒家だ。

 もともと俺には親が二人ともちゃんといたのだが大戦時に別れてしまって以来俺はこの家を勝手に拝借し一人で暮らしていた。

 そこに俺とパーティーを組んだミリが半ば強制的に入ってきたような感じだ。

  

「ただいまぁー」

 

 鍵を開けたミリが軋むドアを開き誰もいない室内に声を上げ入る。

 

「さすがわが家、めっちゃ声が響く」

 

 黒ずんだ木を板張りにした床の一階にあるのは四人用大きな机と四人分の椅子(どちらも木製)、それと昨日近くの水道で汲んできた水のタンクが五リットル分、それだけだ。

 物がないんだからそりゃもう体育館張りに声が響く。

 

 部屋自体は大した広さではないが多少広く感じるのも物がないせいだろう。

 

「自分の家の愚痴はいいから。どうする? ソウマも風呂にいく?」 

 

 ミリは全くいつ準備したのか分からないうちにお風呂セット(桶にタオル石鹸を入れたもの)を手に此方を向いていた。

 それにあの装備もいつの間にか地面に綺麗に並べられボーダーの半袖にスカートと言うかなりラフな格好になっていた。


「いや、俺はいい今日は疲れたしもう寝るよ」 

 

 公衆浴場はたしか朝5時位には空いてたはずだし取り合えず今はもう眠ることしか頭にない。

 

「そう、じゃあ鍵宜しくね」


「うぃー」 

 

 女子はなんでこうもお風呂が好きなのだろうか、やっぱり男よりも美意識が高かったりするのかな? にしてもこう、ラフな格好だとあの胸の膨らみが……。

 じゃなくて、ダメだこんなこと考えては、さっさと寝て頭をリセットしよう。

 

 鍵を閉めると暗がりのなか今にも崩れそうな階段を上り二階へ足を運ぶ。

 

 階段を上りきった先にある木製の扉を開けた先にあるのはもともと引きこもりの俺、御用達の完全なる桃源郷。

 

 何もなかった一階とは違いこちらは情報収集用の新聞やら俺がそこら辺で拾ってきた雑貨やら武器やらが疎らに転がっている。

 

 装備を放り投げ、そのごみやら何やらを踏み越え奥のベッドへ飛び込む。幸いここにはもともとベッドが二つ置いてあったのでひとつをミリにあげ(もちろん俺が運んだ)ひとつはこの部屋の端に設置してある。

 

 倉庫のように真っ暗な二階に一筋の光線を灯していた窓にカーテンをし、部屋を完全な暗闇へと変質させる。

 

「ふぅ……」

 

 やっぱり暗い方が落ち着くな。

 それにしても今日は色々合ったなぁ。朝のトレーニングでエネミーに追われたかとおもえばミリの機嫌を直すためにマッスルコロシアムに出て、なぜか優勝し……て。

 

 あ……。

 

「表彰式忘れた」

 

 でもまぁいいや、今度お金もらいにいけばいいだけだしなぁ。

 ここで俺の意識は真っ暗な睡魔に飲み込まれた。

 

 ◇


「なんじゃこりゃぁ!」 

 

 そして次の朝目覚めると、俺は札の海に埋もれていた。

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