第16話「絶望」
来栖さんからあらかじめもらっていたチケットを駅員さんに手渡しし、パチンと穴を開けてもらうとそれをポケットにしまった。
「うわぉ、こんなに人がいるのか」
「これは予想外ね、暑苦しいわ」
吊り電球の構内を抜け電車内に入ると、さすがに満員電車とは言わないまでも座れていない人がいるぐらいには混みあっていた。
と言っても人の数は従来の満員電車内の人間量の半分ぐらいではある。
だって俺のとなりのミリさん含めて皆さん、分厚い鎧を着ているのですもん。
そんな人ばかりいるもんだから、動く度にどこかでガチャリと金具の擦れる音が聞こえてくる。
しかもそんな厚い鎧を着て長時間たってる人だっているのだ、暑苦しくならない方がおかしい。
喧嘩が起きないだけまだまし、か。
勿論、大胸筋大胸筋いってくる輩は多数いるが。
「なに突っ立ってるのよ、こっち座りましょ」
座る席なんてないので突っ立ってつり革を握っていたら催促。
「え、こんな混んでるのに席空いてるわけ――」
驚く俺に一閃。
「予約席だもの」
予約席ってあぁ、来栖さんか。
よくみたらさっきしまったチケットにも予約席って書いてあった(気がする)。
「さすが来栖さん。抜け目ねぇ(のかもしれない)」
「はぁーつーかれーたっ! うーわっ! ふっかふかよこれ!」
ボヨンとなるはずもないのに電車の座席に飛び乗っていくミリ。
しかしそれは普段俺らが座っている硬い硬い椅子よりかはふかふかとしていたらしくミリはミリなりに喜んでいる。
というか、疲れてるやつはそんなことはできないはずなんだけど。
この電車は以前特急だったものを代用しているのか、席の並びが進行方向になっている。
真ん中に通路が空いていて左右に二席づつと言った感じだ。
しかし、通路にも人が埋まりきっているので結局満員電車感は否めない。
回りの客を退かし、ミリのとなりに座ってっと。おお、わりとふかふかだ。じゃなくて、外を眺める。
「にしても、第三地区ってこんな感じに見えるんだな」
「そうねー、なんというか砂漠都市みたいな感じ?」
なかなか鋭い、いや、もうほとんどそんな感じにしか見えないけど!
「そこまで砂漠ではないことを……信じたい」
これじゃあ、ただの何にもないような砂ばっかの平地にボロ家を建てまくったあげく無理矢理闘技場をぶちこんだような町にしかみえないじゃないか。
「昔はここにも緑があったのかしら」
ミリが景色を眺めながらポツリとそんなことを呟く。
「さぁ」
「あ、動いた!」
ぷしゅーと煙をあげるような音が聞こえると、ゆらゆらと景色が移動し始める。
まぁ景色が動くなんて考えられないし、当然電車が動き始めたわけだけど。
「これ、乗り心地悪すぎる!」
車輪と線路にちょっとしたずれがあるのか、ガタガタと揺れるその振動が尾てい骨から全身へと威力をまして直撃する。
その勢いは第三地区の中心から暫く離れた滝の上の橋の上につく頃になってもまだ続いていた。
そのお陰で途中でやって来たお弁当も一瞬にして消え去った。
宙に舞って、留まって、重力に抗うこともなく、地面に落ち、砕け散った。
「あーあもったいねぇ、せっかくの焼き魚が……」
「そぅ、じゃんねんへ! そんなフッあっ痛っ!」
「俺の事を完全にバカにしている感じだったが……なんだ、急に痛いなんて」
「なにかが、飛んできたような……」
ミリがそう呟いた瞬間、窓ガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入り、割れた。
綺麗に砕かれたそれは辺りに飛び散る。
その破片をみるや、屈強そうな人達が突然パニックに陥り、暴れだす。
「なんだ! 何が起こった!」
狙われてる!
「みんな! 伏せろ!」
電車内にいた何かのリーダーみたいな人が叫んだ。さすが赤いマントを着けているだけはある。より一層かっこよさが増している。
彼の叫びがあったからか、辺りで喚いていた屈強な奴等は一瞬にして静まり返った。
「よし、とりあえず次の攻撃が来るまでこの状態で待機。そして軌道を読んで槍でこ――――」
彼の脳天を黒い何かが貫いた。
血が、鮮血が電車内に吹き散った。
「うわぁぁぁ!! やばいやばいって!」
「負けてたまるか! こんなの納得できない!」
「きっと俺は死ぬんだ! ここでさっきの人みたいに!」
「畜生! この下って滝じゃねえか! こんなの逃げようがねぇ!」
人が、死んだ。
目の前で、知らない誰かが、死んだ。せっかく纏めようとしてくれたのに、皆のために勇気を出して立ち上がってくれたのに、突然撃たれて、死んだ。
俺らを助けようとしてたのに、それなのに!
「こんなの、どうすれば」
薄れる喉から声が漏れる。
「どうするもなにも、戦うしかないでしょ!」
焦り、パニックに陥りそうな俺に、ミリは握力で肩を握り締め怒声を浴びせる。
その顔は怒っているのか、悲しんでいるのか、焦っているのか、はたまた全てが混じっているような風だった。
なんでミリはこんなときにここまで冷静でいられるんだよ。
なんで、そんなに強くいられるんだよ。
「あの剣ならさっきの弾ける?」
と、ミリは問う。
「あ、あぁ……」
多分、弾けないことはないの、かもしれない。
でも、今の俺にその玉を弾くことができるのか、この剣は俺の力にみあっているのか。
俺に、この剣が使いこなせるのか。
もう、頭のなかがどうにかなってしまいそうだ、本当はそれをやらなくてはならないのに、しかもそれをやれるのは俺しかいないってのに。
体はそれを拒絶しているのだ。
何処からか飛んでくる黒い何か、さっき人を狙い撃ちした何かを怖くないないなんて言い切れるわけがなかった。
単純に、死ぬのが怖かった。
「来たっ! でも、ひとつじゃない!」
ミリが叫ぶと同時に、大量の黒い何かが電車に向かって、飛んでくるのが見える。
その数はもう尋常ではない、全てが命中すればきっとこの電車が撃沈してしまうような、いや、はじめからそれを想定しているような、意図しているかのようにも見える。
震える足を黙らせ、無理矢理立ち上がった。
「弾くしかっ! ないのかよ!」
弾かないとこの電車が打ち落とされて、橋の下の滝にまっ逆さまに落ちることになる。
いくら俺やここにいる人だって滝に落ちて、生きていられる保証はない。
弾いても弾かなくてもどちらにせよ死ぬ運命ならせめて! せめて抗ってやる!
「うおおおおぉぉ!!」
もうがむしゃらだった、飛んでくる何かを必死に叩き落とした。
集中して集中して集中した、軌道を読んで、ダメージを最大限になるように剣を当て、最低限になるように弾き飛ばした。
できる限り抗った。
周りの人も、特に盾のジョブの人達は必死になって弾き返して耐えてくれた。
土台を打ち砕かれた電車はまっ逆さまに滝へと落ち始めていた。
きっとはじめからこれを狙っていたんだろう。
少し考えればこの状況に打開策が無いことなんてすぐにわかるはずだった。
黒い何かが狙っていたのは電車だと言うのは間違ってはいなかった、しかし、黒い何かを狙い撃っていたのは電車が走っている橋。
つまりはじめから俺らはここで殺される運命だったのだ。
誰かの手によって定められていたのだ。
「もう、私たち死んじゃうのかな?」
落ちる電車内で、ミリがそんなことを呟く。
さっきとは違うとても悲しそうな顔で。
みたこともないその顔をみるとなぜか無性に抱き締めたくなり、抱きしめた。
そして、どうしようもなく寂しくなった。
「こんな、こんなところで、こんなところで、死んでたまるかぁぁあ!!」
放った絶叫と電車は壊れた橋の残骸と共に滝へと落ちて、俺ら二人も滝へと落ちた。
そしてそのまま俺らは死んだはずだった。
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