第17話「エルフィン」

「ううっ……」


 ぱしゃり。そんな音を上げながら起き上がるとどうやら全身が水浸しになっていた。

 腰にはしっかりと剣がくくりつけられているが、何故だか全身が痛い。


「ここは……」


 確か俺は……マリオさんから貰った銃を届けるために電車に乗っていた。それから、それから橋の上辺りで黒い大量の何かで急に襲撃されて。


「落っこちたって、訳か」


 辺りを見回すと、アマゾンとまでは行かないまでも相当な量の木々が天高く伸びていて。幾重にも重なる葉っぱが太陽光を半分以上隠している。

 つまり、俺は落ちただけじゃなくて、流されてもいたらしい。


「なぁミリ、この後どうす──」


 この意味不明な状況に呆れた俺はひとまずミリに声を掛けようとしたわけだが。

 その場にミリはいなかった。


 橋の上から電車ごと落ちて、ここにいないとなると。

 とても嫌な予感が過った。


「おいミリ! どこだ!」


 立ち上がり、大声を出した。

 ばしゃばしゃと、水を暴れさせその場から動こうとしたが、


「ありゃ」


 暫く立ってなかったからだろう、立ち眩みで背中からすっころんでしまった。

 大きな水しぶきが上がった。


「痛たた……」


 全身が痛かったってのにさらに、また腰にダメージが入ってしまった。俺は腰を押さえて、まるでお爺さんみたいな格好をする。

 恥ずかしい、こんな姿誰かに見られてたら一生の恥だな。


 そんな風に思った矢先、


「大丈夫ですかー?」


 そんな声が飛んできた。


 声のした方向へ振り向くと、川岸に全く見覚えのない女性が立っていた。風景に溶け込むような緑のワンピースに掛かる、腰まで伸びた金髪は蛇のようにうねっている。

 彼女の片手にはサンドイッチが入っていそうなバスケットを抱えていて。

 そして、もう片方の腕は──


 ──なかった。


 腕がない人を見たことが無いわけではなかった。エネミーと戦って最終的には勝てたが、腕を無くしてしまった人を次元門の辺りでは何人も見てきたからだ。

 しかし、あの人には戦闘をしそうな感じが一切無いのだ。能のある鷹は爪を隠すとは言うが、それとはまた違っている気がする。


 彼女が再びこっちに手をふってきた事で、自分がさっきの返答をしていない事に気がついた。

 

「大丈夫でーす。あのすみません、ここってどこですかー?」


 俺が返事をしたことによって少し安心したのか、彼女は肩を落とすと、大きな声で返してくる。


「ここはー、マルヤナ村ですよー! お兄さんはどこから来たんですかー!」


「えーっと……第三地区です!」


「…………そーですかー! よくわからないですけど叫ぶの疲れたのでこっち来てくれませんか!」


「はーい!」


 叫ぶと俺は彼女に向かって一歩踏み出して、また転んだ。


 

 ◇◇


「このあたりで同い年ぐらいの少女ですか? どうでしょう、村の長なら知ってるかも知れませんよ」


 片腕のない彼女、エルフィンという名前の女性は俺の質問にそう答えた。


「村の長かぁ……そんな人に会えるの?」


 先程の川から上流に歩きながら俺とエルフィンは情報交換をしている。エルフィンの身長は俺よりも頭一個以上高く、目を合わせて話すとなると首が痛くなりそうだ。


「ええ、会えますよ、長はいつも村を回られているのですが、この村があまりにも小さいので一日に三回ほど会う日もあります」


「それならいいんだけど……」


 畜生、ミリは一体どこにいるんだよ。落ちるときは一緒だった筈なのに、それ以降の記憶が一切ないせいで何の手がかり見つからない。

 しかも、ここがマルヤナ村とか言う場所だと言うことがわかったとしてもそれが俺たちのもといた場所からどれくらい離れているかなんて事がわからないため、どうしようもない。


「大切、ですか?」


「ん?」


 エルフィンは進行方向を見つめたまま言う。


「その、ミリ、という人は大切な人なんですか?」


 そんなの言うまでもない。


「もちろんだ。あいつがいてくれなかったら俺は今頃死んでる」


「じゃあ、大切にしないといけませんね」


 エルフィンは道化のような不安げな笑顔でそう言った。


「そうだな」


 そこから暫くお互い何を話す事もなく森の中を草を踏みしめながら歩いていると、急に道が開けた。


「さぁつきましたよ、ソウマさん。私たちのマルヤナ村へようこそ!」


 彼女は、まるで大演説を終えたかのように大きく片手を広げた。

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