第9話「いらない称号」

◆◆◆◆

 

「だから言ったんだけどね早く殺せって」

 

 第三地区唯一の病院。

 その第三地区中央病院の二階の角部屋、白衣を纏う白髪の老人は昨日行われたマッスルコロシアムで負傷した桑崎に半ば呆れながらそう言う。

 

 窓からの朝の日もカーテンによって遮断している、すべてを白に染められた部屋に男二人。片方は医者で片方は病人と言うありふれた光景だがその空気はあまりにも殺伐としていた。

 

 桑崎は決勝での一時的な精神崩壊、そしてそのあとに参上した一位の突撃によって心身ともにボロボロになった為ベッドにくくりつけられている。

 

「返す言葉もないです」

 

 桑崎はわかっていた。

 自分の任務も自分の置かれている状況も全て。

 だからこそ、その全てを知っているのにも関わらず任務を実行できなかった自分を悔やみ、そして焦っていた。

 

 実際言い訳ならいくらでもできるし彼の力量ならここで医者を殺してこの場から逃げ出すこともできる。

 だがそれをするわけには行かなかった。今は従うしかない。ただ黙って医者の言うことを聞き入れなければならない。

 

「君だって分かっているだろう? 彼らの危険性については、ああいう危ないのはさっさと殺さないといけないんだってことぐらい!」

 

 医者は立ち上がり口を荒げ、持っていたカルテをファイルごと地面に投げつけた。

 それは何度か跳ね花瓶の前で止まる。

 

 医者も自分のしていることの重大さはとうにわかっていた。だからこそ、それを早急に終わらす為にと雇った二位が更なる起爆剤になってしまった事に腹をたてていた。

 彼の心はもう焦りで埋め尽くされそうになっていた。

 

「でもまさかあそこまで……」

 

「言い訳はいいよ、はぁ……まだわかってないみたいだね君は。第三地区の奴等はみな何処かが欠損している所謂欠陥者ディフェクターなんだよ。それの中でも彼は異常中の異常、特異だって何回もいったはずなんだけどね……」 

 

「……」 

 

「この調子だと妹さんも……」

 

「そっそれだけは! 可奈だけは、可奈だけには手を出さないでください……お願いします」

 

 桑崎は声を荒げその先を聞かまいと、大声で割り込み掻き消す。

 

「まぁ分かっているならいいよ、取り合えず次は頼むよ、湊君」


「はい、次っ、次こそは彼の首をここに持ってきましょう」

 

 医者はその言葉を聞き入れると自分で投げた診断書を拾い上げると扉をスライドさせ出ていった。   

 

 ◆

 

 医者の持っていたカルテ。

 そこにはとある少年の写真と共にその少年の様々なデータが書き連ねられていた。

 

 名前、誕生日から何まで全て。

 その中のひとつ、欠損部位。そこを医者は舐めるように眺めていた。

 

「にしても……欠損部位:成長限界リミッター、か。人を人として収めて置くための器が欠損しているなんて、弥琴颯真……君は本当に人なのかね」 

 

 

 


 ◇◇◇◇

 

「なんじゃこりゃぁあ!」

 

 

 朝、大きな音がして起きてみると俺の部屋は一面千Z札によって覆われていた。

 そしてなぜか扉辺りでミリが床に大の字で突っ伏していた。

 

「ミリおはよーなんかあったのー?」

 

 あくびをしながらベッドから飛び下りると、ミリの元へ駆け寄り両腕を引っ張り無理矢理起き上がらせる。

 それでも立ち上がらせることは叶わずミリは床に正座する形となった。

 顔に地面の痕が付いているミリは少しばかりの涙目で答える。

 

「べべ別に転けてなんてないわよ!?」

 

 そうかミリは俺の部屋に入るときの扉下のレール部分に足を引っ掛けてこけちゃったからこんなことになっちゃったのかぁ。

 相変わらず誤魔化し方が下手だな。

 

「……じゃなくて! この大量の札のことだよ! こんなのどっからとってきたの?」

 

 部屋を覆うほど大量の札こんなの銀行強盗とかしないと入手できないレベルの量だぞ。

 いや今は銀行ないからギルド強盗か。

 でもギルドで強盗なんてしたらただでさえ生きていることが不思議なくらいの俺らだ、直ぐに殺されてしまうだろう。

 だからといってミリがこんな量稼げるとは思わないしなぁ。

 

 しかしこんな悩んだわりにミリの答えは簡単だった。

 

「これは昨日の大会の賞金よ?」

 

 それがあったか。 

 確かに俺は昨日湊さんに勝って優勝したから30万Z稼いだけど。

 

「なんでミリがもらえたの?」

 

 俺が稼いだお金だからミリがギルドでお金を貰えるのはおかしい。

 確かに俺らは一緒に住んでてなかは良いけどそんなのでお金が貰えるのならもうここら辺は詐欺だらけの世紀末みたいになっているはずだ。

 

「あぁ、これ返すね。いつもは夜遅くまで起きてるソウマが、昨日は直ぐ寝ちゃったでしょ? だからギルドカード持っていって、そのままお金貰ってきたの」

 

 ミリは胸ポケットから俺の白いギルドカードを取り出すと俺の手の上に乗っけてきた。

 

 多分あれだ、俺とミリはパーティー組んでるからギルドカードに見せるだけで、俺がいなくてもお金貰えたんだ。

 

「あーそうなのか、ありがとな。ん……これなに?」

 

 俺のギルドカードの裏面には見たこともない文言と欄が追加されていた。 

 

「なんかギルドカウンターの人に見せたら更新してくれたのよ、称号って言うんだって感謝しなさいよ!」

 

「おお、って大胸筋の剣闘士グラディエーター!?」

 

 俺のギルドカードにははっきりと赤い太文字で大胸筋の剣闘士と印字されていた。

 

「そう! 大会で優勝したから剣闘士グラディエーターの称号が貰えたんだけどなーんか寂しいから大胸筋って付け足しておいたの」

 

 そう言うミリはとてつもなく楽しそうな笑顔だ。

 なんて要らんことを……。

 

「かなり不服だが……まぁいいや、どうせこれ見るのなんて俺とミリぐらいだしな」

 

「いや? それ更新するとき周りにいた人にいっちゃったよ?」

 

「なんてことをっ! 俺の恥ずかしいあだ名がまた更新されちゃったじゃねえか」  

 

「いいってことよ!」

 

 ここで全力のサムズアップを繰り出すミリ。

 なんだか今日のミリはいつも以上に元気そうでなんだか俺まで元気になってくる。

 

「よくないけど……で、この床一面のお札はなんで全て千Z札なの?」

 

「千Z札にした方が使いやすいと思って両替してきたの」

 

 さすがミリ、後の事も考えて使いやすいようにしてくれたのか。学年上位だっただけはあるな、もう二年前だけど。

 

「確かに使いやすいとは思うけど……。この治安の悪い中普段から300枚も札を持ち歩くとなると辛いぞ」

 

「確かに……じゃあ今! 使っちゃいましょう!」

 

 十秒ぐらい考えてそれかよっ!

 なんて暴論だ! 

 てか多いから使っちゃいましょうってそれだとただの本末転倒では!?

 でもまぁいつもミリにはお世話になってるし、俺がここまで生きてこれたのもわりとミリのお陰だからなぁ。

 

「まぁ少しだけなら」

 

「やったぁ! さぁ行くわよ」

 

 ミリは寝起きの俺の手を握ると引きちぎらんばかりの力で引っ張って行く。

 もしや最初からこれが目的だったのか!

 畜生! でももう言っちゃったし着いていってやるか。

 

「でも何処に行くの!?」

       

「そんなの決まってるじゃない! 装備屋よ!」

 

 そう言うミリは階段を下りると鍵を閉める間もなく家を飛び出していった。

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