第14話「食欲の鎚矛使い」


 畳! 障子! そこら辺で伐ってきたであろうただの木の幹! そんなものが瞬間的に俺の目に入ってきた。

 

 全く想像していなかった店内に一度は驚き動けなくなるほどだったが入ってみるとこれが以外と落ち着くのである。

 

 空気感というか雰囲気? そんな感じの目に見えない何かが俺の心をさりげなく、確実に静かに穏やかにさせていく。

 わかることと言えば甘い香りで店内が充満しているということだけだ。

 

 しかしそれはやはり俺が生粋の日本人だという証拠だろうか。 

 もしくは俺のお婆ちゃんの家が和風建築の家だったからかもしれない。

 ちなみにおばあちゃんが今どこにいるのかなんてことは全くわからない。

 

「なんかいいね、ここ」

 

 ミリも心なしかいつもよりも落ち着いているようにも感じる。

 

 俺はそれに、そうだねと、呟くと、長いカウンター前に移動し。

 いろんな種類のショートケーキが並んであるガラスケースの中を覗き込む。

 

 店内のほとんどが畳なのにガラスケースの中に商品を陳列していたり、外観が中世風だったり、と第三地区らしいと言えば第三地区らしいごちゃごちゃなところだ。

 

「てか、売っているのはショートケーキだけならわざわざこんなに陳列しなくてもいいのに」

 

「そんなこと言わないの! あっ! これおいしそーう!」

 

「なんで叱っている最中に子供みたいになっちゃうんだよ。でも、確かにうまそうだな」

 

 甘いものを摂取したのは最近ではあるがケーキなんて、しかも高級品なんて食べるのすら久しぶりだ。

 意識せずとも勝手によだれが出てきてしまうのがなんとももどかしい。

 

「ねえ! ソウマ! これ! これにしよう? 絶対これがいいと思うの! イチゴの位置も完璧だし生クリームの量も規定量を越えているわ。しかも一番美味しい香りがするのよ!」

 

 規定量とはなんなんだ。確かに溢れんばかりの生クリームではあるが。

 

 ミリは甘い食べ物に関すると、すぐに子供みたいにはしゃぎ出すなぁ。

 これさえなかったら頭もよくてスポーツもできてしかも可愛らしいというただの才色兼備系女子なのに。

 

 まぁでも、勿体ないとは思わない。

 人間誰でも何かしらの欠点はあるものだし欠点が一つもない人間なんて、人間じゃない。

 欠点があるからこそ人間だと俺は思う。

 

 ミリの場合はその欠点も可愛さでカバーしている気もするけど。

 

「じゃあこれ、ひとつください」

 

 ミリに微笑み俺よりも少し背の高い店員に注文をする。

 店員はなんのこともなく、まるで作業をするかのように無表情で、はい。ではこれをひとつ。200Zです。といい流れるように木製のトングを使いそれを取りだし、トレーの上にある皿の上に乗っける。

 

「どうぞ店内で頂いてください。ごゆっくり」

 

 800Zのお釣りを貰うとそれをポケットにしまい。

 畳の前で靴を脱ぐ。

 そしてケーキをもって颯爽と奥の方のちゃぶ台へと走り去っていってしまったミリを追いかける。

 

「キャー! お、い、しぃー!!」

 

 しかし俺はたどり着いたときにはもうミリは美味しさの余りに叫び出していた。

 

 だから本当、食に関してのミリは段違いに凄いのだ。

 いつものかっこいい感じとのギャップなのかも知れないがものすごく危ない人にしか見えない。

 本当は優しくてかっこいいそして可愛らしい奴だと伝わってほしいものだ。

 

「ミリ、落ち着いてくれここは外だ、美味しいのは分かるが叫ぶのはダメだ」

 

 このときのミリは何を言っても無駄だということは分かっているが形式上、回りからの目からということもあり一応注意をしておく。

 

 そしたら案の定反抗された。むすっとした顔で。

 

「ここは、お店のなかです」

 

「そういうことじゃねえ」

 

 そんなことは分かっている。と言うかお店のなかだったら叫んでいいのかよ。

 ミリは地頭がいいからこういうときに変な風に頭が働くから困ったものだ。

   

 でもまさかマッスルコロシアム出場のきっかけになった約束がこんな変な形で叶うとは。

 

 なんかもっと、ソウマ、いつもありがとう! かっこよかったよ。

 とかそういういかにも王道系の果たし方をしてもらいたかったが、やはりミリに美味しいものを与えて正気を保てる訳が無かったか。

 

 でもまぁ一応は約束は果たせた訳だしな。

 

「目的は達成できたってことで良いのかな」

 

 フフッ、と笑みが溢れた。

 

 バカらしくなったのかそれがむしろ楽しくなったのか。

 それともミリの楽しそうな笑顔に感化されたのか今のこの瞬間の俺らはとても、とても幸せだった。

 

 しかしそんな幸せ極まりない空間に水を差して来る声がした。

 それは後ろからはっきりと聞こえた。

 

「なにー笑ってんだよソウマ!」

 

 誰だ! 今俺はケーキで口を汚しながらも幸せそうに食べているミリの愛らしい姿を眺めていたというのに!

 

 てか、気安くソウマとか呼んでんじゃねえ!

 大胸筋って呼ばれるよりはいいけどさぁ。

 

 心の奥底からやってくる、煮えたぎった熱いなにかを無理矢理押し込め俺は声をした方へと顔を向ける。

 

「く、来栖……さん?」

 

 多少の怒りの感情を醸し出しながら振り向いたそこにいたのは来栖さんだった。

 

 

 ◇

 

 

「いやぁ悪かった、悪かった、そこまで怒らなくったていいだろー、ほらこの可愛いミリの顔でもみて、落ち着くんだ」 

 

 そう言う来栖さんは、この前マッスルコロシアム会場の旧東京ドームに来たときのような重装備ではなく単純な赤いコートに赤いシルクハットという、紳士なのに紳士ではないような服を着ていた。

 

 確かに角の生えたら装備だとあの狭い扉からは入ってこれないだろうし、基本的には次元門の外にでない限りは安全だからわざわざ重装備をしなくても良いと言うことだろう。

 

「大丈夫です。僕は完全に落ち着いています」

 

 冷静にはっきりと答える。

 

「じゃあその剣を仕舞おうか」

 

 おっとあぶない。

 

 いつのまにか俺の手にはグラディウスが握られており、さらにはそれを振り上げてもいた。

 いやぁ全く怖い怖い。

 無意識とはどうしてここまで怖いものなのだろうか。

 

「もう次からは気をつけてくださいよ、来栖さん」

 

「お、おう、俺が悪いのか」


「で、来栖さん昨日ぶりですね。こんにちは」

 

 さっきまで座っていたが、改めて正座をしてお辞儀からの挨拶をする。


「ああ、ソウマ、この前のマッスルコロシアムの後処理たいへんだったんだからな。と、だけは言っておこうか」


 いわれてみれば、俺は昨日表彰される前にかえちゃったからなぁ。


「いやぁ、すみませんでした」


 取り合えず土下座。


「おう、さっきまでのことはまぁいい、今日はなんでこんなところに? ここは、なかなかの高級店だから普通の人は入りづらいと思うんだけど」

 

 とりあえず俺はマッスルコロシアムに出るきっかけになった出来事と、ここに来るまでの経緯をある程度説明した。 

 手早く、短く、単調に。

 

「という訳なんです」

 

「へぇーじゃあソウマはこれからそれをインデイスに届けに行くってことか」

 

 インデイスとは俺が、銃モドキを届けにいく所謂旅の目的地のようなところだ。

 

 インデイス。

 正式名称、工業都市インデイス。

 第三地区にある唯一の工業都市、である。

 もちろん工業都市というだけあって第三地区にある武器や防具の生産なんかは大体がここで、行われていると聞いたことがある。

 

 しかしその半面。工業都市だから仕方ないかもしれないが排煙やら廃棄物が山のようにある場所としても有名だ。

 だからだろう理雄さんが俺に頼んだのも。

 

「簡単に言えばそうですね、出来れば早くいきたいですけどねー、何かいい方法とかないですか?」

 

 こう言う約束事やら何やらはさっさと済ませていつも通りののんびりとした生活に戻りたい。

 しかも今はお金もあるから前よりもさらに良い生活ができるかもしれない。

 そう考えると今日か明日の夜にでも出発したいなぁ。

 

「電車とかどうかな? お金あるんでしょ?」

 

「電車……ええまぁそれなりには」

 

 電車かぁ。

 考えてもいなかった。

 完全に盲点だった。

 よく考えたらミリだってたまに来栖さんに電車でつれて行ってもらって隣街とかに狩に行ってるじゃんか。

 いつもは高くていけないけど今の俺なら十分に行けるだけのお金がある。

 

「一人5000Zで行けるからその方がいいと思うよ、早く行きたいなら、だけどね」

 

「もちろん! ありがとうございます!」

 

 そうと決まれば善は急げだ。


 そこでいまだに皿の上にこびりついている生クリームやらスポンジやらを、きれいにフォークで取ろうとしているミリの手を引き俺はその店をあとにしたのだった。

 

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