4-3 試されている
試されている。さまざまに浮かんだ疑問を口にしようとした瞬間、猛烈に脳内で危険信号が鳴り響いた。
「そ――」
ボルバがなにか言おうとしたので、おれはそれを手で制する。
つぎの戦争。
それは、もしかしなくとも天使との戦争ということか。
Qとロードシップのまえで、そんな話をしている意味がわかっているのか。
この男はどこまで知っているのか。すべて知ったうえで、おれがどこまで知っているのかを確認しようとしているのか。
ついでにいうなら、英雄さんがなにをどれほど知っているかも把握していない。だれかひとりと、1対1で話せるならいい。だがここではまずい。だれかになにかを訊ねることで、ほかのだれに知らなくてもいい情報を与えてしまうかわからない。
なるほど……この面々をいちどきに集めたのはこのためか。
「なにか質問があるのでは?」
神前はゆっくりゆっくり、一見いくらでも待ちますよという態度で茶をすすり、くもったメガネをはずして拭いた。
だがそれは、なにを圧し潰そうとも決して停止しないプレス機のゆっくりさだ。とりかえしのつかない選択を中断なく実行するのに寸毫ほどのためらいもない。
おれはこういうやつをいくたりか知っているから、よくわかる。たとえば師、たとえば敵、たとえば味方。どの立場にいたどいつも例外なく、最悪だった。
「いろいろ些末な疑問はおいておくとして、だ」
ほかの連中にならって、おれもその場に坐り、まずひとこと確認した。
「その戦争というのは、おれたちチンピラの口にするかわいい比喩みたいな話じゃないんだな」
神前はうなずいた。メガネをかけなおしながら、
「天使は現状、人類の魔法に押し返されて大規模侵攻を休止していながら、わがもの顔に地上に現れ、好きに跳梁跋扈し、気ままに天界へ帰っていく」
おだやかに、語りつづけた。
声音はみごとに感情を隠しきっているが、そのことばの択びかたがなにより雄弁に、現状の閉塞感と不快感についてを物語っていた。
おれにもよくわかる。
(あのな、いいかげんにしろよ。こっちのつごうも考えずさらいに来たり預けてみたり、また渡せと言ってきたり)
この男はたぶん、尊厳の話をしているのだ。そこまでは、理解できる。
神前はなおも語る。
「天使たちは人類への攻撃に失敗したのです。にもかかわらず、現在もおとなしくしているふりをしておいて、事実上は生殺与奪の権を掌握した気になっている。このところは、組織的に暗躍する天使の集団も徐々に増えているという報告も増えた。こちらにも考えがあるというところを見せなければ、天使側の意識の不均衡がいずれ本物の侵略に変わるかもしれない、というのが当方の考えかたとして発言力を強めつつあります」
おれはなにも言わずに茶でのどを潤した。
まずすぎる。
「そこで、あなたたちに要求することはただひとつ。
『5人の戦士』となってもらいたい。
対症療法的な単発のハンティングではなく、国家の支援のもと連携し、天使側組織の活動を未然に防ぐため、より攻撃的かつ秘密裏に遊撃していただきたいのです。
ひきかえに当方が用意する報酬は、快適な設備による身辺の安全と心身のケアとメンテナンス、ご満足いただけるであろう額の金銭、そして人身を害さないかぎりという1点を除けば無制限の魔法行使の権利です」
おれは茶を飲みきった。
たいへん、まずかった。
「5人、と言ったな」
おれは、ボルバ、ロードシップ、英雄さん、女医を順に見やり、
「このお医者さんがちょっと浮いてるぞ?」
すっとぼけた。
すっとぼけているのをわかったうえで、神前も首を振る。
「かのじょはバックアップ要員となります。もうひとりは――」
あの男が視線を向けた先にいたのは、わかりきったことだったが、うちの飼い魔法少女、Qだ。
「お断りだね」
おれは即答した。
「おれがグリーンにされそうだからな」
「最近はグリーンもおいしいポジションってこと多いっすよ」
女医が空気の読めないことを言い、
「まあ、そうおっしゃると思いました」
神前はにこやかにそう答え、
部屋の窓とドアから同時に爆発音が響きわたり、闖入してきたものものしい装備の兵隊たちがブーツで床を踏み荒らし、おれたちをとり囲んだ。万全のセキュリティとはよく言ったものだ。
「じつは、ほかのどのかたからも首を縦にふっていただけなかったのですよ」
「そりゃそうだ……」
いかんな、とおれは冷や汗をかいていた。
買ってきた警報装置がむだになったのなら、もう1杯飲んでおけばよかった。
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