1-7 ちなみに愛の話をしている
ちなみに愛の話をしている。おれもいまいち実感は湧かないが、もうしばらくそう思って聴いていてほしい。
視界を埋めつくしていたまばゆい光も、その強烈さは長もちしなかった。永遠に空中を漂っているかと思えた羽根たちも、床にゆっくり舞い降り、おれはわれに返る。
「床……」
すべては、さっきのままだった。ロードシップが破ったガラスや、おれがふっとばされたときに崩れた机は変わらないが、それ以上の破壊は――いっさいなかった。
爆発は、たしかにあった。ただそれが翼のかたちづくったシェルターの内側で、みごとに封じこめられていたのだ。
繭のように爆発の中心を包んでいた翼は、ばさりと広げられ、ふたたび収斂されるように少女の背中を飾るコンパクトな羽となった。
光をまともに浴びたにもかかわらず無傷のままに見えた自称魔法少女の姿は、しかしゆっくりとくずおれていった。
「Q!」
おれはとっさに駆け寄ると、かのじょの上半身を受けとめた。さきほど見せた巨大な翼が幻だったみたいに軽い。
顔を覗きこむと、ゆるく呼吸に胸を上下させながら寝こけている。気絶というより、疲れて眠ってしまったようだ。
「ふん」
つまらなそうに鼻を鳴らしたのは、こちらもまた無傷のロードシップだった。光を放った手を握ったり開いたり、調子を確かめている。
「さすがというべきか。本来ならおれもただじゃすまなかったはずだが、ついでに護ってくれるとはな」
やや気まずそうな態度に見えたのは、気のせいだろうか。
「おまえがだれかのために動くなんてな……たしかに言ったな。逃げて、と」
ロードシップはあくまでおれの腕のなかの魔法少女に向けて言ったんだろうが、おれはうなずいた。本人が寝ている以上、同意できるのはそばにいる人間だけだ。
ずい、と長身をかがめて、ロードシップの赤銅色の顔がおれの眼前で睨みつけてきた。
「どうやらしばらく、おまえさんに預けておいたほうがいいらしい」
ぎざぎざの歯を見せて、笑う。
「いや……どういうことだかなにもわかってないんだが。だいたい、こいつとおれはなんでもないが……」
おれはさっきも言ったことをあらためて口にした。戦いにならないことはよくわかった。いまは真意を確認するしかない。
「こいつはな――」
ロードシップは、眠ったままの少女の頭をやや乱暴にくしゃりとなでると、言った。
「永遠に、この世のだれともなんでもない。そうあるように生まれた。それが本来だ。だがおまえさんは勝手がちがうようだ」
待て。
「待て、待て、待て」
おれはかのじょを支えていない、自由なほうの手でロードシップの肩を押して制した。
「おれはこいつとは、名前さえ呼びあうことのない関係なんだぞ」
そうしようと決めたのはおれだが、うそは言っていない。
ロードシップはあからさまに呆れた顔をして、
「ニックネームで呼びあってるようだが?」
「おれがつけたからだ……」
「たがいをあだ名で呼び、かくまい、介抱し、医者に見せて、とっさにかばいあうような、なんでもない関係ね」
ばかばかしい、と言わんばかりにロードシップは立ちあがり、そして診療所の正規の入り口へ向きなおった。
入り口の自動ドアが開き、何人ぶんかの足音が響きわたる。
「おれが入ってきた窓から逃げろ。時間を稼いでやる」
おれもさすがに鈍くはなかった。天使が光の力を発揮したのだ。天使とさんざん戦ってきた人類は、その発動を感知するシステムを持っている。魔法生物でもまずいのに、天使だとわかってしまえば、Qはどう扱われるか。
「でも、いいのか。結局あんたは、あんたらは、こいつをどうしたいんだ」
「おれたちは、そいつをどうしたいのかで、ずっと難儀しているわけさ」
そう言ったロードシップがどんな表情をしていたのか、おれには見えなかった。やつはもう、ふりかえることはなかったからだ。
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