2-4 いまのところは作戦どおり
いまのところは作戦どおり。ぼくの心の冷静なぶぶんが、そんなことを告げた。
男の両手から衝撃波がほとばしった。ぼくがかわせば、背後の子どもたちに命中するということを確信した攻撃だ。
もちろん、おとなしく吹きとばされるつもりはなかった。ぼくは拳銃のトリガーを引く。
衝撃波はぼくに届かず、空中に消えてなくなった。
「なんと」
絶句する男のかわりに、青いボディスーツの『魔法少女』が驚嘆した。きわめて無表情だが、このさい驚嘆したと思っておこう。一瞬の隙にぼくは男との距離を詰め、硬いブーツでそのみぞおちを蹴りこんだ。
男は反撃する間もなく倒れた。鋼のように鍛えられ、さらに魔法強化されている肉体といえども、人間という限界はある。完全に不意を突かれ、急所へまともに攻撃を受ければ、立っていられるわけはない。
ぼくは倒れている男へ、容赦なく拳銃を撃ちこんだ。
殺すどころか、けがひとつさせていない――ただ、身体を循環する魔法の流れを寸断しただけだ。数箇月は、魔法の力を行使することはできないだろう。かれらの仕事としては、致命的だ。
倒れた男とぼくを交互に見較べるようにして、魔法少女さんは手にしていたファンシー弓矢を掲げて言った。
「すごい。そんなの、これでもないとできないはず。どうやった」
「企業秘密」
もちろん、魔法効果そのものをふつうの銃弾で相殺し、無効化することなどできはしない。対魔法用の特殊弾頭で、文字どおり消しとばしたわけだ。
拳銃は魔法使いを相手にするとき、非常に重宝する武器だった。魔法使いはたいてい銃器を侮る。魔法によって護られた肉体に通常の銃弾は効かないというのに、魔法使い相手に安易に銃を向ける人間はそれを知らないか、軽視するからだ。また、魔法を破れる武装は銃よりもアンティークな武器が多いということもある。
魔法無効化弾頭は作成に時間と手間がかかり、ここぞというときしか使えない。相手がぼくの手のうちを知らないからこそ使える手段だった。そして。
「あ」
魔法少女も、ようやく気づいた。
ぼくの背後にいる子どもたちが拘束を解かれ、自由の身となって倉庫の外へ逃げだしていたのだ。
縄を切り、手錠をはずしたのは、先行していたうちの精霊たちだった。
「――相手は魔法を使うから、みんなは直接相手をしないことだ。サポートや救助に専念してほしい」
朝食後の作戦会議のとき、ぼくは言った。
「女の子だけじゃなくて、あのおじさんたちも?」
「そう」
みみりのことばは質問というより確認だった。ぼくはうなずく。
「精霊は物理的な攻撃ではダメージを負わないけど、魔法には弱いからね……」
「ですけどそのばあい、ご主人はひとりで戦うことに」
めぐが当然の疑問を口にしたが、答えは用意してあった。
「ぼくだって死にたくはないよ。そのための作戦なんだ」
「ほかの、みんなは」
こちらを睨む銀髪の女の子へ向けて、ぼくは言いはなった。
「全員すでにかたづけた。このひととおなじく、もう魔法を使える身体じゃなくなってる」
微妙にはったりを言った。
すでに戦ってきたのはほんとうだ。ただ、ぼくはひとりだけ、いまひとつ危険なのかどうなのかわからない相手をとり逃がしていた。
団員、Aさん。
「そう……わかった」
んしょ、と言いながら、少女はボディスーツの背に必死に手を伸ばした。どうやら背面にあるジッパーをおろそうとしているらしい。ぼくは意図を量りかね、そのままの距離で銃を向けていた。もうむだ弾は使えない。
「これでよし」
ジッパーを下げ、肩とちいさな背をむき出しにした魔法少女が深呼吸をすると、その背から白い光が奔流となった。
「翼――!?」
思わず銃を持っていない左手で視界をかばってしまったが、そこを襲われることはなかった。倉庫内の決して低くない天井までを照らすほどの輝きをはなつ、白く大きな翼がゆっくりと広がっていく。
それが飾りでないことを示すかのように、魔法少女は空中に舞いあがった。
「冗談でしょ……」
天使。
ぼくが絶句する番だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます