2-3 神罰戦役のさなか

 神罰戦役のさなか、人類はさまざまな罪深い発見と発明をくりかえした。

 継子は姫に、かぼちゃは馬車に。それまであたりまえだった物理法則は崩壊し、人間も社会もめちゃめちゃに変化していった。

 戦いが終わろうとも、0時の鐘が鳴ることはない。短期間のうちに変わりはててしまった人類社会は、残念ながらみずからのねじれの急激さに耐えきれない。だから、戦争がひと息つくと、ひとびとはあらゆる新たな現象を段階的に整理すると称して雑に『魔法』と名づけ、事実上、歴史の闇に封じこめた。


「ゆえに、この子らは公式にはまだ『存在していない』。魔法由来のあらゆる現象は、見て見ぬふりをされ、ふたをされている」

 すでに日は暮れていた。

 とある港湾倉庫の片隅で、怯えながらうずくまる何人もの小さな姿があった。手錠で拘束され、縄でつながれたかれらには角が生え、棘が生え、鱗が生えていた。

 社会制度から疎外され、たらい回しの末に集められた子どもたち。

 倉庫内の対角線上、もうひと隅では、おびただしい数の武装した男たちが倒されていた。ひとり立っていたスーツ姿の男は、倒れていた連中の意識があるかどうかもおかまいなしに、静かに語りつづける。

「法律で護られるべき対象から外れているから、この子らの人権は無視される。とりわけタブー視される異形は、社会にいばしょがなく、そのくせ珍重され、自由に売買がきくというわけだ」

 男の声はしだいに怒気をはらんでいった。眼前の相手を叩きのめしてもどうにもならない、この世のあらゆる理不尽への憤懣だ。

「はあっ」

 男は排気のようなため息をついてその怒りをごまかすと、

「1号。そいつらの始末を」

 と短く命じ、子どもたちから小さな悲鳴があがった。

「おう」

 それまで影のように男の傍で控えていた、青黒いボディスーツに身を包む銀髪の少女が、とことこと子どもたちのほうへ駆け寄った。

「いま、らくにしてやる」

 その手に、場ちがいにファンシーなデザインの弓矢が出現し、子どもたちへ狙いを定めた。

「……ぼくらを自由にしてくれるんじゃ、ないの……?」

 拘束されていた子どもたちの先頭にいた少年が、つぶやいた。

 男は、重々しくかぶりをふりながら、答えた。

「おまえらにとっての自由とは、どうなることなのだ……どこへ帰る。われわれも、どうやったらおまえたちを助けることになるのか、知らぬ」

 それを合図のかわりにして、少女が弓を放とうとした瞬間――


「そこまでだっ!」


 ぼくは息切れしながら叫んだ。

 おっとり刀で駆けつけたというのは、こういうことを言うのだろうか。

 斥候のみみりうさぎを通して会話を聴きながら、やっと位置を特定することができた。

「どうやってここへ、とは訊かぬ。便利なものだ、魔法とは。だからやっかいでもあるのだが」

「べんり」

 時代がかったしゃべりかたをする男と、つがえた弓矢をこちらへ向けなおした魔法少女。

 ぼくはホルスターからすでに抜いていた拳銃をかまえ、ふたりを威嚇しながら子どもたちとの中間点に立つ。

 一触即発の状況のなか、ぼくは男へ向けて言った。

「きみたちは、そういう便利さとやっかいさを性急にフラットにしようとしすぎてる。魔法を消せば、すべて平和になるわけじゃない。天使との戦争だって終わったわけじゃないんだ。こんなことをしたところで、うまくいきゃしないって」

「問題を先送りにしたところで、あの子らに行く先ができるわけでもない」

 男はそう言うと、みずからも両手を開いて前へつき出した。その手のひらに、静かに魔法の力が収束する。

「われわれはただ錠をかけるのみ。鍵を探すか、壊して開けるかは、使うものに委ねるかぎりだ」

 これだ。

 どこまでもシンプルで手前勝手なこの理屈で、魔法にまつわるあらゆる存在を、魔法を用いてでも破壊する。


 マジカルテロリスト、錠前師団。


 ぼくたちの、不倶戴天の敵だった。

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