3-2 雨音が傘を叩くなか
雨音が傘を叩くなか、おれたちは墓地にやってきた。
かたわらには、黄色いレインコートに身を包んだ魔法少女Q。あいかわらず背中が苦しいらしく、ときおり肩をもぞもぞと動かしているが、目立つ銀髪もフードに隠れて好都合ではある。
「
手にした酒瓶のキャップを開ける。行きに大枚はたいて買った、そこそこいい酒だった。こういうのは炎天下にやったほうが絵になるんだが。
「さあ……思うぞんぶん飲んでくれ」
とくとくと墓石に酒が降り注ぐ。ひと口ぐらいじぶんのぶんもとっておきたい気分だが、そういうわけにもいかなかった。
「おう。だんいん、だいじょぶか」
Qが他人を気づかう日が来るとは思わなかった。
「いしはさけをのまない」
「それでも魔法少女を名乗ってる身分か、リアリストめ。いいんだよこれで」
おれだって、特段迷信深いわけではない。これは儀式であり、そして実理でもあった。魔法が普及してしまったこのご時世では、そのふたつはほぼ同義に近い。
「これでしばらく待つ」
「どのくらいしばらく」
「数分か数時間か……」
「きゅうー」
感情をまったく表さない声色だった。もしかしてブーイングなのかいまのは。
「すでに、おまえの後ろにおる」
おっと。
Qは声に反応してすばやく飛びすさり、おれはゆっくりとふりむいた。
「こんな早く来るなら、やっぱり酒ぜんぶ使うんじゃなかったな」
「ふん。あいもかわらず礼儀を知らん弟子じゃよのう」
「むりしてババアことば使わないほうがいいぞ。ヘンになってる」
「様式美じゃ」
そこには栗色の髪をした和服姿の少女がいた。年齢的にはQとママの娘さんの中間、ティーンエイジにさしかかったほどに見えるが、こいつの容姿にはその年齢よりもはるかに目立つ特徴があった。ふさふさと背後を飾っている9本の尾、そして尖った耳の先も毛に覆われている。
そしてなにより決定的なのは、かのじょの姿が半透明だということだ。
魔法生物――幽霊。
それも獣憑きの幽霊。
獣憑きは社会性に乏しく、暴走の危険も高いとされている。さらに神出鬼没の幽霊はプライバシーを無視できるため、情報被害をもたらすという偏見までつきまとう。当局に知られれば確実にモンスターとして狩られるたぐいだ。
「にしてもまあ、おっさんになったのう、おい。あれから何年じゃ。10年ぐらい経ってるなら、アラサーってところかの」
狐娘は片眉を上げ、おれの姿をしみじみと眺めながら言った。おれもいまさらそんなことで傷つくほどナイーブではない。ないが、
「あんたはますます縮んだな」
「んなこたないわいっ」
からかい返されて両手をふりまわし、抗議する姿は子どもそのものだった。
「とにもう……そんで、なんじゃ不肖の弟子。まさか旧交を温めるためだけに来たわけじゃあるまい。なんやら新しい女といっしょじゃし、あてつけに結婚の報告でもしに来たか」
「おまえはこいつがいくつに見えるんだよ」
「おう。しあわせになります」
それまで警戒したまま距離をとっていたQが、とことこと近づいてきた。急に気をよくしたらしい。
「冗談のつきあいは、おぬしよりこの子のほうがいいようじゃな?」
冗談にしても『娘』とかいう発想がないのが、いかにも幽霊という感じだ。
「いやはや、話が早くて助かるぜ。ちょっと即戦力が入り用になってな、稽古をつけなおしてもらいたいんだ」
「はあ、稽古だ? わしの教えたなかで最高にデキが悪く才能もやる気もなかったおぬしが。才能もやる気もなかったおぬしが!?」
「そんなに強調しなくてもいいだろ」
すべて事実だが、そこまで言われるすじあいはない。
「魔法は積み重ねじゃぞ。おぬし毎日ちゃんと反復練習とかしとらんじゃろ。むりじゃ……いかな名コーチでも矮小で怠惰な心を大きくすることはできん……」
「練習はしてないが、飛びこみの仕事でしょっちゅう強化魔法を使ってはいるぞ。なんとかならない?」
「ほお」
師匠の目がすっと細められ、口の端に凶悪な笑みが浮かんだ。
「なんとかしろと言われれば、手段を択ばずなんとでもするのがわしじゃぞ」
覚悟はしてきたはずだったが――その笑顔には背筋をぞくりとさせるものがある。
おれはむかし、この笑い顔をしたこいつに、鍛え殺されかけたのだ。
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