2-6 まだ生きている
まだ生きている。ぼくの手のなかで、さっきまで『妹を名乗るバニーガール姿の精霊』だったうさぎは、もとの姿で気を失っていた。
精霊は、ぼくの意識の外づけドライヴのような存在だ。
人間は思い出の品に通念以上の価値を見いだしたり、愛用の道具を身体の延長のように扱うことがある。潜在意識、未整理記憶を、思い入れを通してタグのように関連づけることで、合理性だけでは説明できないパフォーマンスを発揮したりもする。ときにそれは物品だけでなく、人間や動物に対しても作用する。いいことばかりじゃないけれども。
かつて天使の襲撃を受け、多くのひとが光を浴びて死んでいったとき、そこにいたぼくは魔法を使おうとして、暴走した。そばにいた動物たちにぼくの思念は反映され、かのじょたちとなった。
そのうちのひとり、時間にルーズだったぼくのコンプレックスを反映し、スケジュールを司ってくれていた大地の精霊が、ただの動物に戻った。
かのじょに預けたぼくの心は、どこへ行くのだろうか。
「よくも、とは言わない」
ぼくは『みみり』だったうさぎを左手で抱えながら、拳銃をゆっくりとかまえなおした。
「あがいてでも、きみと戦う理由ができた」
「おう、がんばれ」
空飛ぶ魔法少女はそう答えながら、しばらく周囲を睥睨していたが、おもむろに新たな矢を出現させ、2射めの弓弦を引いた。目標はぼくではなく、倉庫の出入り口のほう。
「! やめろっ」
ぼくは残り少ない無効化弾頭でかのじょを撃ったが、効いているようには見えなかった。しょせん装填されているのは、人間の魔法循環を断裂させるために調整された非殺傷弾でしかない。あの子がほんとうに天使なら、対天使用の、それも完全破壊用の特殊弾でなければ効果はないだろう。
「やめない」
こんどはいくぶん、無造作に射つ。
倉庫の外、かなり遠くで、幼い悲鳴が響く。逃げていた子どもたちの声だ。
さらにつぎの矢を出現させ、機械的に何本もの矢を射ていく。遠くから叫びが断続的に聴こえてくる。
「やめろ……やめろと言ってるんだ……!」
ぼくはうめくように言った。がちりと音がして、拳銃のスライドが戻らないことに気づく。あれほど気にしていた残弾数を忘れるほど、ぼくは静かに動転していた。
流れ作業のように命を処理されていく怒りでも、護るべき対象を護れなかった悲しみでもない。絶対的な力のちがいをまえに、すべてが無為に終わっていく無力感と空虚感。
手から拳銃がすべり落ちた。あがくと言った矢先に、ぼくの心は折れかける。
そのときだった。
「あにゃっ」
四つ足ならではのスピードで、和装の猫娘が倉庫に飛びこんできた。
こいつがぼくの心から生まれたとは考えたくない、カオスの具現みたいな押しかけ嫁。セリフもかんでいる。
「あなた!!」
その叫びを受けたか、ひととおり子どもたちの始末を終えたのか、魔法少女さんはふたたびこちらへ矢を向け、ほぼノータイムではなった。
矢は一直線に猫に――ナツカに突き刺さるべく、飛んでくる。命中すれば、かのじょもただの猫へ戻るだろう。
またか。
また喪うのか。
――いや。
ぼくの体内で渦巻いて、とうとう出ていってくれなかった変わりものの感情。さいごの
「失くすのは、おまえだ」
殺意。
殺意だけは、どの動物にも宿らなかった。
ただ1体を除いては。
ぼくの肉体が光りに包まれ、瞬時にアストラル体へと変換されていく。
かぼちゃは馬車に、継子は姫に。
ならば、死の淵で悪魔との契約にさえ失敗し、ろくな魔法も扱えなかったぼくは。
おにいちゃんをなすすべなく見殺しにした、無力で無能な女の子だったぼくの肉体が、殺意の力を借りて、皮肉にもかつてなりたかった強いじぶんに、強さとやさしさの象徴としての姿に変わる。
薄緑色の、羽飾りでふちどられた軽やかな戦闘装束が、ぼくの身体を包んでいく。
変身する。
「あ……」
あっけにとられた猫のまえに立ち、ぼくは、飛来した矢を手でつかんでいた。矢はぼくの手のなかで物質変換されて杖へと変化した。
「ナツカ……『みみり』を頼むよ」
ふりむかずに背後の猫へ告げながら、杖を魔法少女へつきつけ、決然と睨みつける。
土の兎、水の猫、火の犬――そしてぼく自身を依代に出現する、風の鳥。
「天使だかなんだか知らないけど、飛べるのは、きみだけじゃない」
もうひとりの魔法少女となったぼくは、かのじょとおなじ高さへ上昇し、対峙した。
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