2-5 「だけどね、団員さん」
「だけどね、団員さん」
ここに来るまえに戦った5人のうちさいごのひとり――団員Aことアルファバート・阿井さん(かれもぼくに言われたくないだろうが、あまりに妙な本名だったのでおぼえてしまった)との会話を思いだす。
「いくら魔法を磨こうと、どんなスキルを極めようと、そんなもの人間どうしの尺度でしかない。かつて人類が戦った天使と較べれば、そんなもの誤差でしかないんだ」
「ふん、見てきたように……言うじゃないか」
かれは傷つき、丸腰で、もう魔法を使う力も残っておらず、足をひきずってぼくから離れようとしていた。その軽口はあからさまな時間稼ぎで、とどめを刺されるのを遅延させるのが目的だ。でも、ぼくにはなぜかその会話を打ちきることができなかった。
「見てきたんだよ。ぼくはかつて、天使に蹂躙された」
「それで生まれたのが、あの妖精どもかよ」
「『
ぼくはあまり認めたくなかった。だからそれ以上説明せず、かれに銃を向けた。
さきほどぼくが言ったことは、裏を返せば、天使の介在しない人間どうしの力量差は覆しがたいということでもある。
だが、そのうえで、6人の錠前師のなかでいちばんやっかいに思える相手は、この男だ。
じぶんの弱さ、矮小さをよく知っている男。挑戦から、そして無策からもっとも遠い地平にある男。あらゆるものを利用し、退きぎわいさぎよく、状況をひっかきまわしつづける。
「ぼくの生涯の敵がいるとすれば、あなたみたいなひとだ」
「光栄なことで」
これだ。
この不敵な笑い。
この男には、たぶんほんとうは魔法すら要らない。
銃にたのみ、儚い精霊たちにたのみ、ギルドのバックアップにたのみ、そのくせひとりで戦っているつもりのぼくには、永久に得られないであろう力だ。
ここでしとめておかなければ、必ずふたたび脅威となる。わかっていた。
わかっていたのに。
(おにいちゃん! 取引のばしょがわかったっ)
だしぬけな念話が入った。ぼくはとっさに銃を引いて、どこかほっとするようにきびすを返し、みみりが告げてきた現場へ向かった。
団員さんはなにごとかを叫んでいたが、もうぼくの耳には届かなかった。
天使と較べれば、人間の差異など、誤差にすぎない。
魔法少女を名乗るかのじょは、天使だったらしい。なぜこんなところで、あんな連中に手を貸しているのか、そんなことを考える余裕はなかった。輝く翼を広げ、こちらへ向けて弓矢をつがえる。
「まじかる……あろー」
おもちゃのようなデザインの、殺傷力などみじんも感じさせない白い矢がはなたれ――ぼくに逃げ場はない。
いちど弓引かれた魔法の矢は、同格以上の力で迎撃されないかぎり、確実に標的を射貫く。遮蔽物も存在しないだだっ広い倉庫のなかで、それでも可能なかぎり走りはしたが、とうてい逃げきれはしなかった。
ぼくの胸に矢が届こうという瞬間、思わず目を閉じ、そして後悔した。
どさり、と小さなものが落ちる音がした。
「……みみり!」
ぼくの頼れる『妹』、バニーガール姿の精霊が、特有の跳躍力によって、矢とぼくのあいだに割って入ったのだ。
「う……」
超越的な天使の力で射たれたみみりの姿は、光の泡になって溶けていこうとしていた。
「おに……いちゃ……」
やめてほしい。
ずっとその呼びかたが、耳障りだった。
ぼくにそう呼ばれる資格なんかない。でもそれをいま告げるのは、あまりに残酷に思えた。
だから、かわりにぼくは言った。
「また、会えるさ」
泡のさいごのひと粒が弾け、そこには。
小さな、なんの変哲もないうさぎが横たわっていた。
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