3-6 丸腰同然
丸腰同然。
「おいQ、魔法は使えるようになってるのか」
「りーむー」
「やっぱりか……」
まだきのうの消耗も回復しておらず、かろうじて動けるていどのおれが倒れそうになるところを支えてくれているから手もふさがっている。
頼みはボルバということになるが、ずっと愛用してきた手から衝撃波を出す魔法が使えず、かわりにどこで手に入れたのか、銃を持ちだしている。いかにもおぼつかない手つきだ。ちゃんと狙ったところに当たるのか? こっちに弾が飛んできたりしない?
周囲はもう夕暮れだった。窓からゆっくり外を覗くと、あきらかにこの部屋のほうを見ているやつが数名。私服刑事のように見えるが、そのように装った組織の連中である可能性も高い。入り口のむこうに感知魔法を使ったところ、こちらも数名。
「まずいな。逃げ道がない」
「どろんは。きのうの」
「おれが本調子じゃないから持続時間が怪しいし、姿を消せてもドアや窓は開けなきゃいけないからなあ……」
「姿を消す? きさま、強化しかとりえがないと思っていたが、いつのまにかそんな魔法が使えるようになったか」
「厳密にはこの子の偽装魔法を強化するだけだが、ひとつおぼえの衝撃波使いに言われたくねえ」
「おう。どんぐりのせいくらべ」
活動中におたがいをどう思っていたのかよくわかる会話だった。というかQが地味に辛辣だ。
そして――積極的に受け答えや提案をするようにもなっている。
『おまえが、だれかのために動くなんてな』
ロードシップはそう言っていた。じっさいに変化が進んでいるのだろうか。
最終的にこいつは、どうなる。
「まあでも方針は決まったぞ、おい」
おれは床にそのままにしてあった、呪符作成セット一式を見る。
身体に力が入らないぶん、頭が冴えてきたようだ。
部屋のまえにいたのはふたり。やつらからは、ドアがゆっくり、ひとりでに開いたように見えたはずだ。
そのふたりが瞬時に対応するようなプロか、数秒間様子を見るぼんくらかどうか。
「おい」
「だれもいないぞ」
後者だった。
チャンスだ。
数秒のあいだに、姿の消えたおれたちはすばやく相手の死角へ移動する。その先にも何人かのそれらしき連中がいた。陸路で逃げおおせるのは不可能だろう。
姿を消せたのはやはりわずかな時間だけだったが、現れたときは、うまく全員が見ていない位置に移動することができていた。
「よしQ、やってくれ」
「きゅうっ」
魔法で突破できるほど回復はしていないが、本来の身体スペックを活用することは可能だ。
天使は有翼魔法生物とちがって航空力学的に飛行するわけではなく、翼という『概念』が形成する力場の作用によって飛ぶ。かのじょが盾がわりに翼を使うのも、その力場を応用したものだ。大の男ふたりの体重を力場に積みながら飛行することは、さほど難しくなかった。
「あまり見られたくない姿だ、さっさと逃げるぞ」
白い翼を生やした銀髪幼女にしがみつく――というか両手に提げられた中年男ふたりというへんてこな絵面ができあがり、その塊が飛翔するというさらにへんなことになった。やはり飛行にさしたる影響はないようだ。
「なんだ!」
「飛んでるだと!? 集合、集合!」
やつらが気がついたようだが、もう遅い。すでにじゅうぶんに上昇し、追尾系魔法の射程外だ。
あとは、どれだけ離れられるかが勝負。
分の悪い勝負ではなかった。たった数秒間でも、空を飛ぶという移動方法ならば相手の包囲もなにもかも無視することができる。大規模戦闘ではない市街地での暗闘で、限られた人数を相手にするとき、これは絶対の優位。
それにしても。それにしてもだ。
「逃げてばっかりだなおれは」
復讐を誓ったはずで、強くなるつもりが、状況のほうがどんどん悪化していく。
おれの手をつかんでいたQのちいさな手が、かすかに握る強さを増し、
「そこがいい」
なんかそんな声が聴こえた気もしたが、風の音であまりはっきりとは届かなかった。
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