3-5 おれの名を呼ぶ
おれの名を呼ぶ、片手で数えられそうな人数のひとびと。そういえば最近『英雄さん』もそれに加わったな、などと考える。
来客はそのうちの貴重なひとりだった。
「悪いな、ろくなおもてなしもできず。おれがこんなふがいない身体じゃなかったらな」
「それは言わん約束だ、阿井よ」
「そちゃだ、まずいぞ」
寝たままでろくに身動きのとれないおれのかわりに、Qがお茶を淹れてくれた。ひとこと多い。
「すまん、1号」
湯呑みを受けとったのは、おれを名前で呼び、Qを1号と呼ぶ男。
番場ボルバ。
さしずめ団員Bといったところか。先週まで存在していたおれたちの組織に『錠前師団』とかいう仰々しい名前をつけたのも、こいつだった。
「やつらが魔法をないもののように扱ってもこの世が循環すると言いはるなら、われわれが錠をかけるのみだ」
とかいう由来らしいが、正直本人以外よくわかっていない。
「それにしても運がよかったな。おれたちもさっき帰ってきたばかりだ」
「なんの。長いつきあいだ」
答えになっているのか、いないのか。
だが長いつきあいなのは事実だ。ボルバとは神罰戦役で孤児となったものどうし、幼少期からそれなりに交流があった。
「どうだ。魔法少女との生活というのは」
「おまえもそれを訊くのか……どうもこうもないけどな。1週間ばかりケガが治るまで休ませてたが、いまはこのとおり元気すぎるぐらいだ」
ロードシップの件や、『英雄さん』との再遭遇の件は伏せておいた。とくに後者は、この男を含む仲間全員をしばらく魔法の使えない身体にした張本人だ。
「それで、わざわざ直接来たってことは、こいつのひきとり先の件か」
おれから切りだした。こんな共同生活が長くつづくはずもないので、あらかじめ約束してあったことだ。
しかし魔法生物をまともに扱う人間は限られている。おれたちのいた施設も、とっくに存在していない。こいつがおれたちの手を離れるということは、どこかの研究所行きか、もっと悲惨な処置を受けるかの運命が待っているだけだろう。
だから、万にひとつも情が移らないように、細心の注意を払って接してきたつもりだ。
きのうまでは、そのつもりだった。
どうやって断ったものか。
「それがだな」
ボルバは湯呑みを置き、あらためてこちらに向けて正座しなおすと、寝ているおれの顔のまえに小さな鍵を置き、深々と頭を下げた。
「アジトの手配はすませてある。どうか、そやつをもうしばらく預かってもらえぬか」
あまりにも意外な頼みだった。
おれはいざとなれば、この身体のままこいつと戦わなければいけないけどどうしよう、ぐらいの覚悟をしていた。それを覚悟と呼んでいいものかどうか疑問だが。
悪い大人たちにおれごとQをひき渡す気か、という展開まで予測していた。ひとを偏見の目で見るものじゃないな。まあ――おれたちがその悪い大人たちなのだから、渡すなら『善い大人たち』相手になるだろうが。この男の行動原理は、おれたちのなかでいちばん、そういう連中に近い。
「くわしく聴かせてくれ。なにかあったな?」
「うむ」
ボルバが語ったあらましは、こうだ。
おれたちの仲間に、Qをスカウトしてきた男がいた。便宜上、ここでは団員Cと呼ぶことにしよう。
そのCが、先週『英雄さん』に魔法を封じられたのを機に、Qを紹介してきた仲介組織に身を売ったのだ。交換条件はQの『返却』。そして、ここが話のおかしいところなのだが、かのじょは先週まで起きていた人身売買の件をつきとめるのに組織を利用しただけで、ひとつもそこの所有物などではないのだった。
ボルバは、そういう横紙破りを許容できる男ではない。
それにしても複雑な気分だ。Cはボルバほどではないが、おれも知らない仲ではなかった。施設にいたころ、ボルバはいわゆるがき大将だったし、Cはそのおこぼれにあずかるポジションだった。腰ぎんちゃくだったといっていい。
他人の力をあてにして立ちまわるおれは、すこしあいつに共感していた。
「そんなやつも、独り立ちのときか……」
「感慨深いことだ」
言ってるばあいではなかった。
おれは話しながら、Qに助けられて動かない身体をむりやり動かし、ボルバも懐から使い慣れていないもの――拳銃をとり出して動作をたしかめていた。
アパートの周辺をなにものかに囲まれている気配に、3人とも気がついていたのだ。
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