魔法少女を飼うときは

国東タスク

プロローグ

1-1 たまには愛の話をしよう

 たまには愛の話をしよう。

 グラスのなかで波打つ酒越しに、きみの顔でも眺めながら。

「もったいなくて飲めないかい」

「ママさん……」

 伝わんなかった。

 おれがよっぽど淀んだ目をしていたせいかもしれない。少なくともあんまり愛っぽくなかった。

 もっとも、女手ひとつでうらぶれたスナックを経営している若いママには、本気の求愛であろうと軽くあしらわれるだろう。

「どんなに名残惜しそうに眺めても、おかわりは降ってこないよ。団員さん」

 ママ、無慈悲。

 いや……1杯サービスしてくれる時点でたいがい慈悲深いが。

 おれは貴重なその1杯をぐびりとあおってから、告げた。

「もう団員さんじゃないんだ」


 先週、仕事を職場ごと喪ったおれは、いよいよ金がなくなってきた。

 話せば長くなるんだが、勤め先が戦いに敗けたのだ。

「団は完全に潰れちまった。いまのおれは借金を踏み倒すしか能のない一介の色男にすぎない」

「踏み倒せないね」

「色男でもないよ」

 うら若いママと、ウェイトレスをしているその娘がステレオで告げてくる。ご褒美すぎて涙が出る。

「あ……そういや、持ってきてくれたか」

「ん」

 紙袋を無造作につき出しながら、娘が心底汚いものを見るようにこちらをにらんだ。

「あたしの物持ちに感謝しなね。女ものの子供服の古着なんてどうすんの。使うの」

「使わないもん頼んでもしかたないだろう」

「これもう完全に通報していいんじゃないのね……」

「なんかかんちがいしてないか。必要なんだよ。女の子の服だの下着だの、おれが買うわけにもいかないだろ」

「お金もないし」

「それもだが、わかるだろ」

「わかりたくない」

 あきらかに誤解されている気がする。そもそも、母親のまえでする話ではないかもしれない。

「しかたないんだ。本人には服を買いに行くために着る服がないんだ」

「あっ」

 娘は口許をおさえた。

「やっぱり通報の必要がある……」

「通報から離れろ」


 じっさい、通報されたら確実に捕まるのはたしかだ。


「助けてくれっ」

 けたたましく来店チャイムが鳴り響き、ふたりの人間が飛びこんできた。おれよりやや若い男が顔面蒼白となり、もうひとり同年代の男をかついでいる。かつがれているほうは完全に意識を喪失していた。いかにも、緊急事態だ。

 そして、病院ではなく、この場に連れてこられるような人間。まともじゃない。かかわりたくない。

 そうもいかないので、おれは男の容態を見るはめになる。ネクタイを緩めると、異状はすぐにわかった。

 あごから喉にかけて明滅する、赤く白い光。

 承知していた。おれが頼られる時点で、これしかないのだ。

「魔法斑……身体強化のオーバードーズか……!」

 額に汗がにじむ。

 おれに転がりこんでくるトラブルは、ほぼ百発百中で魔法がらみだ。

「長くはもたないな。すぐに処置にかからねえと」

 所属する団は消えてなくなったが、手に職ならぬ、手にした魔法は消えやしない。

 魔法を帯びた人間を襲う諸症候群を和らげるには、より強い魔法をかけて上書きするしかないのだ。

 プログラムめいた呪文を唱え、指先で簡略化された光の陣を記し、男の患部にゆっくりと張りこんでいく。男の苦悶の表情が、心なしか和らいでいった。

「急場はしのいだ。あとは専門家の仕事だ」

 紹介状がわりに、おれは手早く名刺の裏へ知人の名前を書いた。もちろん免許なんぞ持っていないが、頼りになる法術師だ。そいつのところで、時間をかけてゆっくり魔法を解いてもらうしかない。

 もっとも、いちど魔法にかけられた人間は、完全にもとどおりになることなど、ありはしない。


 どっと疲れて、家路についた。

 感謝のことばと礼金はもらえたが、前者は要らないし、後者はすぐに酒代のつけでふきとんでしまった。

 魔法。

 かつて、天使が人類を襲った日、ひとびとは悪魔の力を借りて対抗したという。

 悪魔とのとりひきには、なるほど代償がつきものだ。

 まったく、呪いじみている。いちど魔法にかかわった人間には、どこまでいっても、やっかいごとがつきまとう。

 いまいましいことに、アパートに帰ってドアを開けても――


「おう、おかえり、だんいん」


 おれのワイシャツを雑に羽織った小さな女の子が、だぶだぶの袖を振って出迎えてくる。

 これが目下の、悩みの種。

 魔法少女を飼っている。

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