第1章 現在

1-2 魔法少女を飼っている

 魔法少女を飼っている。


 重要そうなところなので、2回説明しておいた。

 少女の印象は――ひたすらに白い。

 アパートの畳張りを場ちがいに飾るように這っている、輝く長い銀糸の髪。

 だらしなく着崩した白いシャツよりもなお白く映える華奢な肩の肌はあまりにも無防備で、罪悪感しか湧かない。

「というわけでもらってきたぞ服」

「おう、ごくろう」

 ずいと紙袋を渡したおれは、とりあえずベランダへ出て時間を潰すことにする。

 タバコを喫う習慣でもあればこういうときにかっこうがつくんだが、おれは手持ちぶさたのまま追憶にふけるしかなかった。


 戦争があった。

 あったというか厳密にはまだ終わっていないのだが、俗に『神罰戦役』などと呼ばれているかつての戦いについての話だ。

 おれにはざっくりとした歴史理解しかないが、天使がある日、実在を表明したのだ。

 やつらはいきなり天から現れて、以下のような趣旨のことを言った。


「おまえたち人類は神にとって不要になったので、滅ぼします」


 人類は頭を垂れて従うべきだったのかもしれないが、そこまで殊勝ではなかったので、キレた。

 いたのか、神。

 いたならなんで助けてくれなかった。

 仕事さぼってたくせになんだ急に滅びろとか失礼な。

 こんな感じだった。

 神そのものがなにを考えていたのかは、いまだによくわかっていない。ただ天使は神の代弁者を名乗り、ひとびともそれを真に受けたという事実だけがある。

 そこからは、ひたすら泥沼だ。

 天使は天使と名乗るだけあって恐ろしく強く、人類はまともな対抗の手段を持っていなかった。

 そこで、悪魔だ。

 どこがおかしい? 天使がいるなら悪魔もいるに決まっている。それまでオカルト扱いされていた古代からの伝承を研究者たちは掘り返し、そこから与太話をふるい落として、本物にたどりついた。

 もとより、悪魔は天使より人間と親和性の高い存在だ。人間の心理を理解しなければ、堕落もさせられないのだから。つまり、天使に較べれば多少は交渉の余地がある。

 悪魔の力を借り、さまざまな力を行使したひとびとは、それを『魔法』と呼び――

 当然の帰結として、魔法使いという職業が誕生し、さらに魔法使用に特化した『デザインされた人類』が誕生するのにも時間はかからなかった。

 人間はひどいことをするよなあ。

「すんだぞ、だんいんー」

「うるせえぞ」

 おれはベランダから室内に戻った。あいつの幼い声がご近所に響くのは、外聞的にあまりよろしくない。

 オーバーオールスカート姿で、銀髪の魔法少女はみずからの長い髪を絨毯にするようにぺたんと座っていた。ずいぶんとワイルドだが、その姿勢でくつろぐのが気に入っているらしかった。

 着たというわりには袋から出された衣類がごちゃごちゃと床に投げだされているが、渡されたのが何着かもよくわかっていないから詮索はしないでおく。

「魔法生物ってのはガサツなやつばっかりだな。手で服を着るのに慣れてないからか」

「まほうせいぶつじゃないってば」


 魔人、魔女、魔物。

 人間がやらかしたひどい所業の数々――魔法生物たち。

 頭から「魔法を使いこなし、魔法に使い捨てられる」ことを前提に生産された人間や動物たちが、戦争に大量に投入された。

 だが、こいつはそのどれでもないと言う。


「まほうしょうじょだ」


 魔法少女と、こいつは名乗った。

 痛々しいことに。


「しっけいな」

「心を読むな」

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