起こりうる不幸

美しい文体で語られる、とても哀しい物語。
「声」は、いったい誰のものなのか。
本人が亡くなった後も、その使用権は本人に帰属するのか。
遺族に、その「声」を取り戻す「権利」はないのか。

すみません。ずいぶん前に読んだのに、いろいろと考えすぎてしまって上手くレビューを書く自信がなく今まできてしまいました。

この物語が示唆するのは、これから起こりうる重大な問題の一側面だと思いました。今はまだあまり顕在化はしていませんが。
技術の進歩により写真で故人の姿が残せるようになりそれなりの年月はたちました。声も、もう何十年も前から録音技術があります。
でもそれらは、あくまで故人が残したものを見たり聞いたりするだけでオリジナルを改変するものではありませんでした。

でも、この作中に語られる世界……いえ現代もすでに起こっていることですが、故人が残したものを後世の者が改変を加え好きに活用することができるようになってしまいます。

それがいざ問題になったとき、故人の財産を相続人が相続するように、故人の元データを相続人が相続しそれを活用する権利を持つのか。それともそれは、一身専属上のもので死後改変することは許されないのか。逆になんの制限もなく契約上の規定に従って改変できてしまうのか。

今後、科学技術が今よりも発達すると、声だけじゃなく映像を三次元にとって本人の思考パターンに沿って自由にしゃべらせ行動し、まるで故人が生存しているかのように一緒に暮らせるようになるかもしれません。そうなったとき、その時代の人たちはこれを法的にどう許容し、制限し、解釈していくのか。

そんな先のことまで考えを巡らせてしまう……そんな示唆に富んだ作品だと思います。

この声の主の女性は、まさかそのバイト行為が、後々夫をそこまで苦しめるなんて考えてみなかったことでしょう。

この物語に語られる未来は、ほんの少し先の未来。
でも、現実の世界はもう少し故人にも、残された遺族にも優しい世界であってほしいな。そうなるように法制度や判例を整えてほしい。いや、整えなければいけない。そう強く感じました。

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