(▼2017年当時のレビュー)
私がそのツイートを見かけたのは幸運な偶然だった。互いをフォローしあったばかりの、どんな作品を書く方なのかもまだ知らない作者が、何気なく「こんな作品を思いついた」と呟いていた内容。僅か100字余りの文面で綴られたそのとんでもない着想に、私の目は釘付けになった。
「何度も爆弾を自作して爆破事件を起こしてるけど、犠牲者の死体を繋ぎ合わせると必ず実際の数よりひとり分多く見つかるし、その死体は第一次世界大戦の軍服を着ていたり原人としか思えない骨格をしているって謎の爆弾魔の話」――。
こんな予告を見せられて、興味を惹かれない者がいるだろうか。
そして、ツイートから2ヶ月足らずで、そのアイデアは現実に作品となって我々の前に現れた。科学では説明のつかない不条理犯罪を起こした囚人達の記録を淡々と綴る、この凄まじい出来のSF短編集となって。
その時代にあるはずのない死体を生み出してしまう爆弾魔。一度も引き金を引かずして同級生を皆殺しにする男。舞台で殺した筈の者達から無罪の嘆願書を送られ続ける魔術師……。数々の不可思議な事件で収監された者達の記録を、本作の語り手であるカウンセラーはひたすら収集しては我々に提示してくる。
本作が凄いのは、読者にさんざん謎を提示した挙句、結局何一つ解明しないことだ。世の中は訳の分からない不条理に満ちているのだと言わんばかりに、囚人達が起こしたとされる事件の真相は全て放り投げられ、後にはゾクっとした不気味さだけが残る。
「こんなことがあるはずがない。だが現実に事件は起きている。理屈は誰にも分からない」――。囚人達が収監されているのは、犯した罪を立証されたためではなく、何も分からないがとにかく本人を閉じ込めておけば事件は止まるだろうという期待に基づいてのことに過ぎないのだ。もはやそれ自体が一種の不条理事件である。
「SFは理屈が通っていなければならない」などと述べる向きもあるが、私は敢えてそれに異を唱えたい。読者に何の理屈も提示しないSFがあったっていいのだ。ともすれば、本作はSFよりも不条理サスペンスなどと呼ばれるジャンルに属する作品だとの指摘があるかもしれないが、本作の根底に流れるセンス・オブ・ワンダーの精神は紛れもなくSFのそれである。
こうした作品は、小手先の技術や多少の経験によって生み出せるものではない。作者の類まれなる着想センスの賜物と言わざるを得ない。不肖私も斜め上の発想には自信があるつもりでいたが、この珠玉の短編集に詰め込まれたエピソードのどれ一つとっても、私の頭からは到底生まれてこないだろう。作者の才能には脱帽を通り越して嫉妬さえ覚える。なんというものに出会わせてくれたのか。
あの日、あのツイートさえ目にしていなければ、私ももう少し平穏な日々が送れていたものを……。
(▼2021年追記)
あれから4年以上の月日が流れ、私はその間に一度カクヨムを離れまた戻ってきた。この不可思議な刑務所では、今も新たな囚人達の非公式の記録が綴られ続けている。
嬉しいことに、かつて私も誕生の瞬間に立ち会ったこの作品が、私の尊敬する作家さんのカクヨム参加の切っ掛けの一つになっていたという話も聞いた。一度入ったら出られない牢獄の如き本作の引力は、今後も多くの人を惹き付けて離さぬことだろう。
一つ何かが違ったら自分もこの囚人達のようだったかもしれない、と思わせられました。彼らの中には自覚がある者もいたけれども大多数は自分のしたことを完全に把握していない。そもそも人間のしでかせる範囲内なのかも怪しい。さらに言うならこれら全て正確な記録じゃない。
これは小説で作り物だとかそういうことは関係なしに、全部が全部嘘なのかもしれない。でも読む手は止められない。もっと早くに出会っていたかったです。
あと何気に先生は何者なのかがどんどん気になっていきます。最初は神経図太いなあこの人くらいにしか思っていなかったのに……どんどん不思議さが増していってとても好きです。ちょこちょこ出てくる898も囚人の中で一番(主観)人間味があって好きです
本作には様々な囚人が登場する。一発の銃弾も放たずにクラスメイトに復讐を遂げた男、被写体が生まれた原因を念写できるカメラマン、運転するたびに犯罪者を轢き殺す警察官、殺人罪で収監されたのに被害者たちから無実の訴えが届く奇術師……。
科学的に説明できない事件を起こした犯罪者が収監された刑務所で、一人のカウンセラーは今日も囚人たちと対話を行っていく。
本作で紹介される数々の事件は異常なものばかりで、その原因は犯人である囚人たちですら把握できていない。だが、物語の主眼は事件の真相を解き明かすことではなく、その事件を引き起こした加害者たちの心境を描くことにある。
語り手であるカウンセラーが、自分の意志で罪を犯した者から、謎の現象に巻き込まれたある種の被害者と言える人物まで、犯罪を通して奇妙な世界に踏み混んだ人々の心情を掘り下げていく。
その客観的でストイックな語り口は事件の奇妙さをより引き立てており、とても読みやすい。まるで海外の短編SFドラマを見ているような味わいを楽しめる逸品だ。
(奇妙な事件の物語4選/文=柿崎 憲)
とても不思議だ。はっきり言って、意味不明。よく分からない。
そんな力を持った囚人たちとカウンセラーの話。
当方、SCPの知識は全くなく、本作のあらすじを読んで軽く調べてみた程度なので、このレビュー自体意味不明なことになっているかと自覚しているが、思わず書きたい欲に駆られました。
囚人は、罪を償うよりも、彼らが持つ力による被害を減らすために収容されている。
囚人が犯罪を犯す、ではなく、囚人がいると被害者が出る。加害者がだれか分からない場合も、被害者が誰なのか分からない場合もある。
とにかく隔離しておこう、という感じです。
その力の発現理由も、力そのものが何であるのかさっぱりで。不気味。
ただその力による結果、それが囚人の個性のようなものに紐付いているようで。
力によって引き起こされる現象も関連性がある。
力そのものが何なのか一切分からないのだが、あぁそうくるか!そういうことか、と。
引き起こされた現象に納得に近いことをするけど、結局のところ何もわからん状態。
多くの囚人らとカウンセラーの会話。
もう、取り敢えず読んでほしい。読めばわかる。
この世界観に、どっぷり引き込まれます。
不可解な、超常現象と言っても過言ではないような殺人事件を起こした囚人たちの記録。
断片的に語られる彼らの話を、分析する訳でも、解決する訳でもないカウンセラー。
その「正式ではない記録」に残されるのは、得体の知れない怪物というよりも、得体の知れない現象と共存している人間の姿です。
一話一話が短いオムニバス形式のお話ですが、どのエピソードも非常に興味深く、読み応えがあります。
淡々とした語り口ながらも時折さらりと冗談を交える主人公が、危ういバランスの中に生きる囚人たちを、ギリギリのところで正気に繫ぎ止めている楔の役割を果たしているように感じました。
一度入り込んだら抜け出せなくなりそうな、不可解な事件の「原因を隔離しておく場所」。あなたも彼の手を取って、少し覗いてみませんか。
この物語は囚人達の物語だ。
物語の中では様々な囚人が語られるものの、彼らは人の手では裁ききれぬ罪を抱えて監獄の中に閉じ込められている。
存在しない被害者。途方もない善意と献身。立証し得ぬ手段。人智を超えた才覚。人間の為の法律では、これらの怪物的犯罪者を、本当の意味で裁くことはできないだろう。だからこそ、彼らのような怪物的犯罪者は今日もまた監獄の中に閉じ込められるしか無いのだ。そうするより他に、処理のしようが無いのだから。
そう、この物語はいわばそんな怪物達を見学する為の監獄体験ツアーなのかもしれない。
だけど気をつけて。
この物語に魅入られる内に、貴方は檻の外へと出られなくなってしまうかもしれないから。
異常犯罪者を収監する刑務所を舞台に、囚人と話すカウンセラーを主人公にしたオムニバス。登場人物たちは基本的におとなしく監獄で過ごしており、淡々とした様がかえってリアリティがある。
この異常犯罪者の「異常さ」が本作の読みどころで、彼らはそれぞれ変わった能力を持っていたり、どういう原理か原因も分からない不可解な現象を引き起こす。それは異能と言うより、怪奇現象のそれに近い。
現在、最新七話まで読みましたが、自分はパパラッチの話が特に好きです。彼女の能力自体も面白いのだけれど、その「弱点」とそれが引き起こした出来事が実にドラマチック。それぞれの話のアイデアだけで、もっと長い小説がいくつも書けてしまいそう。
どの話も短くて読みやすく、それでいて詰め込まれた内容はぐっと刺激が効いているので、読む時間に対して大変おトク! 一応各話は時系列などのゆるやかなつながりがありますが、多分どこから読んでもあまり問題ないのではないかと思います。
気になったタイトルから開いてみてください、きっとそこには、少し不思議な、そして人生の悲哀もこもった奇妙な世界が広がっているはずです。