十五話 逢瀬
*
「辞める?ほんとなの?」
マリーは不安げな声を出した。
「うん、従業員も復帰してきたからって。ここに来るの、今日が最後なんだ」
苦笑しながらウィステルが急でごめん、と謝った。
「そんな、なんとか使ってもらえないの?わたし嫌よ」
「店長に話はしてみたけど……俺みたいなガキより元の大人の方が使えるってのは本当だから」
「じゃあ、もう会えなくなってしまうの……?」
マリーの瞳がうるむ。唯一心が癒されるときが、なくなってしまうのか。
「前も言ったよ、外されたって会いに来るって」
にこり、とウィステルが微笑む。その表情にマリーは少し落ち着きを取り戻した。
「でも、どうやって?警備は部外者を入れてくれるほど優しくないわ。わたしも滅多なことでは外出できないし」
本当はこうして無駄話をしていることも許されない身だ。仕事を肩代わりして他の使用人には目をつぶってもらっているが、婦長に見つかるとただではすまない。
「そこなんだ。握らせる金もないからな……こっそり会える場所があったらいいんだけど」
「警備に見えないような……」
ぼんやりと考えて、マリーはぱっと表情を明るくした。
「あるわ、そういう場所」
「ほんと?」
マリーにつられて、ウィステルも明るい声を出す。
「屋敷の裏庭の隅に、ちっちゃな鉄格子の門があるの。誰も近寄らないから手入れもされてないわ、きっと見つからない」
「裏か……」
関心した様子でウィステルは呟いた。
「お昼休みなら姿が見えなくても文句言われないわ」
マリーが何の気なしに暇な時間を口にすると、ウィステルは少し戸惑ったようにはにかんだ。
「うん、その、マリー」
「?どうかしたの」
マリーがのぞき込むように見ると、ウィステルは頬を掻きながら目線をそらした。
「……夜に、逢いたいな、って」
「……」
控えめな言い方に、マリーの頬が徐々に染まっていく。
「よ、夜って」
「いや、無理そうならいいんだ、朝早いだろうし」
照れたように言葉を付け足すウィステルの腕を、マリーは咄嗟に掴んで詰め寄った。
「む、無理じゃないわ!わたしも……あ、逢いたいわ」
気恥ずかしさでだんだん語尾がすぼまっていく。耐えられず顔を伏せると、ウィステルのしなやかな指がマリーの顎を掬った。熱を帯びた視線が絡み合う。二人はそのまま、どちらからともつかずに唇を重ねた。
「……明後日の夜、空いてるんだ」
静かに離れた唇がそっと囁く。マリーはぼうっとした頭で、こくりと頷いた。
*
ウィステルが荷馬車に戻ると、荷台で煙草をふかしていた中年の男がにやりとして手を上げた。
「今日もいちゃついてきたのかい」
「はは、ごめんね待たせちゃって」
「いいや、若い恋は応援してやるさ」
「……うーん」
男の言葉にウィステルが気の抜けた返事をする。男は怪訝な顔をすると、馬に鞭を打って歩かせた。
「どうかしたのかい」
「いやね、応援はいいよ。もう終わるから」
「はあ?振られたかい」
「そんなとこ」
そっけない言い草に男が首をかしげる。
「そりゃご愁傷様だな」
「どーも。その分仕事に打ち込ませてもらうね」
「おう。晴れて本採用だしな。気張れよウィル、弟に美味いもん食わしてやらんとな」
「はは、頑張るよ」
ウィステルの横顔が楽しげに笑った。
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