十五話 逢瀬


「辞める?ほんとなの?」

マリーは不安げな声を出した。

「うん、従業員も復帰してきたからって。ここに来るの、今日が最後なんだ」

苦笑しながらウィステルが急でごめん、と謝った。

「そんな、なんとか使ってもらえないの?わたし嫌よ」

「店長に話はしてみたけど……俺みたいなガキより元の大人の方が使えるってのは本当だから」

「じゃあ、もう会えなくなってしまうの……?」

マリーの瞳がうるむ。唯一心が癒されるときが、なくなってしまうのか。

「前も言ったよ、外されたって会いに来るって」

にこり、とウィステルが微笑む。その表情にマリーは少し落ち着きを取り戻した。

「でも、どうやって?警備は部外者を入れてくれるほど優しくないわ。わたしも滅多なことでは外出できないし」

本当はこうして無駄話をしていることも許されない身だ。仕事を肩代わりして他の使用人には目をつぶってもらっているが、婦長に見つかるとただではすまない。

「そこなんだ。握らせる金もないからな……こっそり会える場所があったらいいんだけど」

「警備に見えないような……」

ぼんやりと考えて、マリーはぱっと表情を明るくした。

「あるわ、そういう場所」

「ほんと?」

マリーにつられて、ウィステルも明るい声を出す。

「屋敷の裏庭の隅に、ちっちゃな鉄格子の門があるの。誰も近寄らないから手入れもされてないわ、きっと見つからない」

「裏か……」

関心した様子でウィステルは呟いた。

「お昼休みなら姿が見えなくても文句言われないわ」

マリーが何の気なしに暇な時間を口にすると、ウィステルは少し戸惑ったようにはにかんだ。

「うん、その、マリー」

「?どうかしたの」

マリーがのぞき込むように見ると、ウィステルは頬を掻きながら目線をそらした。

「……夜に、逢いたいな、って」

「……」

控えめな言い方に、マリーの頬が徐々に染まっていく。

「よ、夜って」

「いや、無理そうならいいんだ、朝早いだろうし」

照れたように言葉を付け足すウィステルの腕を、マリーは咄嗟に掴んで詰め寄った。

「む、無理じゃないわ!わたしも……あ、逢いたいわ」

 気恥ずかしさでだんだん語尾がすぼまっていく。耐えられず顔を伏せると、ウィステルのしなやかな指がマリーの顎を掬った。熱を帯びた視線が絡み合う。二人はそのまま、どちらからともつかずに唇を重ねた。

「……明後日の夜、空いてるんだ」

 静かに離れた唇がそっと囁く。マリーはぼうっとした頭で、こくりと頷いた。



 ウィステルが荷馬車に戻ると、荷台で煙草をふかしていた中年の男がにやりとして手を上げた。

「今日もいちゃついてきたのかい」

「はは、ごめんね待たせちゃって」

「いいや、若い恋は応援してやるさ」

「……うーん」

 男の言葉にウィステルが気の抜けた返事をする。男は怪訝な顔をすると、馬に鞭を打って歩かせた。

「どうかしたのかい」

「いやね、応援はいいよ。もう終わるから」

「はあ?振られたかい」

「そんなとこ」

 そっけない言い草に男が首をかしげる。

「そりゃご愁傷様だな」

「どーも。その分仕事に打ち込ませてもらうね」

「おう。晴れて本採用だしな。気張れよウィル、弟に美味いもん食わしてやらんとな」

「はは、頑張るよ」

 ウィステルの横顔が楽しげに笑った。

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