十話 恋


マリーはそわそわしながら、裏口がノックされるのを待っていた。

今日は会えるだろうか、今日も会えるだろうか。意味もなく上機嫌になって、普段憂鬱でしかない仕事も今は苦にならない。

ココン、コン。跳ねるような音がする。マリーはわかりやすく顔を明るくして、はっと笑みを隠すと平静を装って裏口を開けた。

「はい」

「こんにちはお嬢さん」

待ち望んだ顔がひょこり、扉の隙間から覗く。マリーはすぐに扉の向こうへ駆け出したいのを我慢して、ゆっくり周りを見回した。婦長には見られていない。他の使用人たちも気にしていない。

マリーは今度こそ扉を開けて飛び出した。

「ウィステル」

「お疲れマリー、今日も可愛いね」

「そんな、かわいいなんて」

「じゃあ綺麗?」

「もうっ」

はにかんで茶化すウィステルに、マリーは火照る顔を押さえた。

「今日は此処で最後?」

「うん、だから」

「うふふ、あっちで話しましょうよ」

そういって彼の袖を引く。ウィステルは指を唇に当てて片目をつぶると、マリーの手をとって木箱の積み上がる屋敷の裏手に回った。

「ねぇ、この仕事はいつまでなの?」

「うーん、働き次第では正式に雇ってくれるみたいだけどね」

「そうなったらいいわ、いつもあなたと会えるもの」

「たとえ外されたって会いに来ちゃうよ」

こそり、木箱の陰で言葉を交わす。いけない事をしているようで、さらにマリーの心臓は高鳴った。

「住み込みは大変?」

「ええ、とっても。部屋があっても気が休まらないわ」

「あの婦長も厳しそうだね」

「ほんとう!若いからっていつもわたしに仕事を押しつけるのよ」

「可哀想に、俺が守ってあげられたらな」

「ウィステル……でもいいの、こうして会えたら全部吹き飛んじゃう」

うっとりした顔でウィステルを見つめると、彼はふわりと微笑んでマリーの頬に触れた。それだけで彼女の心は舞い上がる。

「もう行かなきゃ」

「さみしいわ」

「また呼んでもいい?」

「もちろん、もちろんよウィステル」

別れを惜しんでお互いの指を絡ませる。この時間が永遠に続けばいい。

「じゃあまた」

「ええ……また」

彼の唇がマリーの手の甲に優しく触れる。ゆっくり手を滑らせて、指先をなぞるようにふたりの手は離れた。

次は会えるだろうか、次も会えるだろうか。マリーの頭はウィステルでいっぱいだった。

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