十話 恋
*
マリーはそわそわしながら、裏口がノックされるのを待っていた。
今日は会えるだろうか、今日も会えるだろうか。意味もなく上機嫌になって、普段憂鬱でしかない仕事も今は苦にならない。
ココン、コン。跳ねるような音がする。マリーはわかりやすく顔を明るくして、はっと笑みを隠すと平静を装って裏口を開けた。
「はい」
「こんにちはお嬢さん」
待ち望んだ顔がひょこり、扉の隙間から覗く。マリーはすぐに扉の向こうへ駆け出したいのを我慢して、ゆっくり周りを見回した。婦長には見られていない。他の使用人たちも気にしていない。
マリーは今度こそ扉を開けて飛び出した。
「ウィステル」
「お疲れマリー、今日も可愛いね」
「そんな、かわいいなんて」
「じゃあ綺麗?」
「もうっ」
はにかんで茶化すウィステルに、マリーは火照る顔を押さえた。
「今日は此処で最後?」
「うん、だから」
「うふふ、あっちで話しましょうよ」
そういって彼の袖を引く。ウィステルは指を唇に当てて片目をつぶると、マリーの手をとって木箱の積み上がる屋敷の裏手に回った。
「ねぇ、この仕事はいつまでなの?」
「うーん、働き次第では正式に雇ってくれるみたいだけどね」
「そうなったらいいわ、いつもあなたと会えるもの」
「たとえ外されたって会いに来ちゃうよ」
こそり、木箱の陰で言葉を交わす。いけない事をしているようで、さらにマリーの心臓は高鳴った。
「住み込みは大変?」
「ええ、とっても。部屋があっても気が休まらないわ」
「あの婦長も厳しそうだね」
「ほんとう!若いからっていつもわたしに仕事を押しつけるのよ」
「可哀想に、俺が守ってあげられたらな」
「ウィステル……でもいいの、こうして会えたら全部吹き飛んじゃう」
うっとりした顔でウィステルを見つめると、彼はふわりと微笑んでマリーの頬に触れた。それだけで彼女の心は舞い上がる。
「もう行かなきゃ」
「さみしいわ」
「また呼んでもいい?」
「もちろん、もちろんよウィステル」
別れを惜しんでお互いの指を絡ませる。この時間が永遠に続けばいい。
「じゃあまた」
「ええ……また」
彼の唇がマリーの手の甲に優しく触れる。ゆっくり手を滑らせて、指先をなぞるようにふたりの手は離れた。
次は会えるだろうか、次も会えるだろうか。マリーの頭はウィステルでいっぱいだった。
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