九話 七の月十三日

七の月十三日

庭でクレナと話をした。なんでもないことを沢山。あの子が、微かだけど、笑ってくれたんだ。心が軽くなった気がしたよ。


久しぶりに、晴れた空が見えた。

まだ少し水分を含んだ芝生を、転ばないように踏む。日光に雫がきらめいて視界を賑わせた。

「こっちだよ、クレナ」

「はい、リージア様」

眩しさに目を眇めるクレナを連れて、アレナリアと戯れた庭園の一角へと向かう。そういえばこの子と出会ったのもこの場所だ。

様々な花に囲まれた小さな空間。置かれた透かし彫りの長椅子とテーブルには、僕が母とお伽噺を語り、愛しい彼女と笑いあった思い出が宿っている。

水気を払った椅子にクレナを座らせ、ふと目に入った花に手を伸ばした。

「僕はこの場所が一番好きでね」

「……はい」

「いつも、弱い僕の心を癒してくれた」

「はい」

「なにかあるとここに逃げてきて、泣いていたものだよ」

摘み取った花を、そっとクレナの髪に差した。ふとその姿が彼女と重なって、目が熱を持つ。

「いつもなんだ。ここに来ると、幸せな気持ちになって、でも苦しくなって」

優しく撫でてくれた母は幼い僕を置いて逝ってしまった。多くの幸せをくれた彼女も、僕の前から消えてしまった。此処にある確かな幸福は、同時に確かな哀しみでもある。

「リージア様」

見上げるクレナが、柔らかく僕の手に触れる。そこに僕の涙が落ちた。

「きみの前では泣いてばかりだね。駄目な主だ」

「……物の前で、気を張ることはありません」

クレナはゆっくりと目を伏せて、両手で僕の手を包み込んだ。見た目の涼しさと違って、それはとても優しく暖かい。

「クレナ……」

「よければこのまま、お話を聞かせてくださいませんか。リージア様の、お好きなことを」

微かに口元が形を変える。この子なりの笑顔だろうか。ぎこちなさがあったが、僕を気遣う微笑みだった。

「……うん、聞いてくれるかい」

「はい」

共に腰掛けて、ぽつりぽつりと話し出す。さして面白くもないであろう僕の昔語りを、クレナは丁寧に頷きながら聞いてくれた。

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