八話 友人


 彼と出会ったのは、僕がフラネーヴェ家の当主になったばかりの頃だった。

五大公、それはバルローズで最も力を持つ五つの公爵家のこと。国を治め民を率いる偉大なる大貴族。フラネーヴェ家はその五大公のひとつだった。

周囲から羨望の眼差しを向けられる父を、僕もいつかこうなりたいと眺めていた。いつか父のように聡明で、威厳ある素晴らしい人になろうと。

その、憧れにたどり着けないまま、僕は当主となってしまった。

周りからあらぬ期待をかけられ、家名の重みと好奇の目、根も葉もない噂が、僕を鷲掴み振り回した。

「隣、よろしいですか」

ある日の夜会、緊張に負け広間の片隅に座りこんでいた僕に、彼はにこやかに声をかけてきた。

「は、ええどうぞ」

「失礼します」

伸ばした前髪の隙間から眼帯をのぞかせて、鋭さのある片目がこちらを見る。第一印象は、童話に出てきた海賊だった。

「私はジェイ・ゲンティアと申します。以後お見知りおきを、リージア様」

彼は他の者と違って、僕の名前を呼んだ。重たい家名ではなく、僕個人を。

「……よろしく、ジェイ殿」

「ジェイ、で結構ですよ」

「はあ」

「顔色が優れませんね。庭へ出てはいかがですか?広間よりは人目がありませんから」

心境を読まれ思わず体を固める。彼は微笑んで立ち上がると、優しく僕の背に手を添えて庭へ促した。

今思い返すと、胡散臭い笑顔だったと思う。僕を知っていて近づくのだから、裏があって当然だろう。案じる言葉も、もしかしたら僕に取り入るための上辺だけだったのかもしれない。

そうであったとしても、当時の僕は彼の存在に救われた。

彼はとても器用だった。僕に余計な期待を背負わせようとせず、それでいて僕を貶めることもしない。場を調律して、滑らかにできる人だった。

「僕は、当主に相応しくない」

あるとき、自分が惨めになってそう言ったことがあった。彼はいつもにこやかだったが、その時は、笑顔を消して僕に向き直った。

「なぜそう思うのです」

「僕は駄目な男だ。なにもできず君にいつも助けられて、なにひとつ返せやしない。一族の恥さらしだ」

「……」

「僕より君の方がよっぽど当主に相応しいじゃないか、いっそ譲って」

子供のように俯いていじけた声を出す僕の胸倉を、彼は容赦なく掴みあげた。

「甘ったれるな青二才。それでもお前は生きなきゃならない。全部背負ってな」

親を亡くしてから初めてだった。誰かに叱責されたのは。

家の者は皆僕を腫れ物のように扱い、周りの貴族は陰口は叩けど遠巻きに見物するだけ。こちらをまっすぐに見つめて怒る彼に、僕は、涙を流していた。

「友人に、なってくれないか」

泣き腫らしたみっともない顔だったのだろう。彼は苦笑しながら右手を差し出した。

「もちろん。よろしく、リージア?」

握り返した手は暖かかった。沈む夕日に染まった景色が、今も鮮明に焼きついている。

 ジェイ、君は僕の最高の友人だ。

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