三話 六の月二日
六の月二日
どうして
挙式まであと三日となった。使用人たちも浮き足立っているのがわかる。かくいう僕も落ち着かない。
彼女とともに人生を歩む、その実感がゆっくりと広がってゆく。自然と緩み出す口元を押さえながら、気を紛らわそうと窓の外を見た。
馬車が止まっている。
「旦那様、ゲンティア様がお見えに」
ジェイが。滅多に訪ねてくることなどないのに、どうしたのだろうか。まさか彼までが浮き足立っているということはないだろうが、他に心当たりはない。
通せ、という前に、足音が近づいてきて扉を叩いた。返事も待たず入ってくる様子には焦りが見える。
「どうしたんだ、ジェイ」
彼は険しい顔で僕に歩み寄ると、両肩をつかんでこちらを見つめた。少し力が強くて痛い。
「……落ち着いて聞いてくれ」
「な、なんだい」
「……」
言葉を発しかけたジェイの唇が、微かにためらう。
「ジェイ?」
「……リリベリー家が、賊に襲われた」
「……な、」
「彼女も、もう」
目の前が、闇に呑まれた。
しとしとと、雨が街を濡らしていく。一滴一滴が、心に深く突き刺さっていく。
焼け爛れた家、骨も残らぬ凄惨な景色が、僕の身体までも燃やそうと炎を広げる。いや、いっそ燃やしてくれればいい。跡形もなく焼き尽くされて、彼女の元にいきたい。
「……連れていくべきではなかったな」
ジェイが僕の様子に表情を曇らせた。君のせいではないと言う気力さえ今はない。
「ひどいやり方だ。手口からしてハイドレンジアの奴らだろうと警備隊は言っている」
「……ハイドレンジア」
「財産を奪うばかりか家人を皆殺しにして火まで点けるなど最低な奴らだ。……大丈夫か」
ジェイが心配そうに僕の背中を撫でる。その手の温度で、自分の体が酷く冷えて震えていることに気がついた。
「ジェイ……すまない、一人にしてほしい」
僕を案じて屋敷に残ってくれているのは有難い。けれど、今はもう誰とも会いたくなかった。
「……なにかあったら、遠慮なく呼びつけろ。話なら聞いてやれる」
「……でも、僕なんかのために」
「俺は君の友人だ。そうだろう?」
隻眼がまっすぐに見つめてくる。いい友を持った、と感じた。
「ありがとう。少し、気持ちの整理ができたら、話を聞いてくれ」
うまく笑えたかわからないが、ジェイは頷いて席を立った。
「いいか、呼べよ」
僕の肩を叩いて、彼は帰っていった。
静寂に、雨の音だけが虚しく響く。
「アレナリア」
永遠を誓った声が、笑顔が、炎にかき消されていく。
「アレナリア、アレナリア……ッ」
視界がじわりと歪む。目が熱い。喉が締め付けられて、頭が真っ白になって、世界がボロボロと崩れていく。
脳裏に浮かんだ彼女が、愛していると囁いた。
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