二話 五の月二十五日
五の月二十五日
今日は彼女と庭園で午後を過ごした。どんなに鮮やかな花の中にあっても彼女が一番美しい。こんなに幸せな気持ちがあるだろうか。愛しているよアレナリア。
鳥が歌っている。
穏やかな風に花々が揺れて、歌に合わせて踊っているようだ。
そんな舞台の中心で、一輪の可憐な花が綻んで僕を呼んだ。
「何をぼうっとなさっているの?」
首を傾げるとさらさらと長い髪が流れる。木漏れ日のような柔らかさだ。
「君が……美しいと思って」
見とれたままうわ言のように返す。彼女は上品に笑って、椅子に座る僕の元へ淑やかに歩いてきた。
「お顔が緩んでいるわ。撫でられた猫のよう」
彼女は僕の頬をその華奢な手で包み込んで笑う。そっと手を重ねると、彼女のあたたかな温度に自分の鼓動が速まるのを感じた。
「……アレナリア、僕は今とても幸せだ」
「ふふ、私もよ。こうしていられるのが夢みたい」
僕が見上げると、彼女は頬を赤らめて幸せそうに微笑んでいた。宝石のような瞳がきらきらと揺れる。
その姿があんまり愛しくて、僕は立ち上がった勢いのまま彼女を抱きしめた。繊細な体が僕の腕の中にすっぽりと収まる。
「アレナリア、愛してる。ずっと僕の傍にいて……」
「もちろんよ、ずっと。……どうかいつまでも、あなたのお傍にいさせてくださいな」
彼女の腕が僕の背中に回る。
そうやって時を忘れて抱きしめてから、僕は彼女にそっと口づけた。柔らかな感触が唇に伝わる。
伏せられた瞼が震えて、うっとりと僕を見つめた。
「……愛していますわ、リージア様」
心が幸福で満たされて、世界が僕らを祝福している気がした。
*
穏やかな舞曲の流れる荘厳な広間で、煌びやかに飾る老若男女が噂話に花を咲かせる。あの人、この家、話題は尽きることがない。
「フラネーヴェ家の当主が今度ご結婚なさるらしい」
「あの上級貴族の?お相手は誰だ」
「なんでも郊外のリリベリー家のご息女だとか」
「まあ、ずいぶんと低級ですこと。物好きな方ね」
好き勝手に評価して、責任も持たず、それが悪いとも思わない。
「そういえば君はフラネーヴェ殿と親しかったな」
「……ええ、まあ」
失礼にならない程度に作り笑いを浮かべてみせる。愛想がよければ隻眼もさほど気にはされない。
「君から意見はしなかったのかね?」
「身分違いは家を滅ぼすだけよ」
「私もそれは十分承知していますが、愛するふたりを引き裂くのも酷かと」
当たり障りなく返す。なるべく波風の立たないように。
「私としてはただ、ふたりの幸せを願うばかりです」
言って微笑んでやれば、大した情報はないと判断される。あとは彼らの話が移り変わるだけ。
話がそれたのを確認して、その場を静かに離れる。目に留まらぬようゆっくりと歩きながら、置物のように壁際に佇む一人の前を通り過ぎた。
「……舞台は整った。出番だ」
「……ああ」
短く答える声を背に広間を去った。
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