十六話 内心
*
「まだ夜会には顔を出せないか」
ジェイは応接間の椅子に足を組んで座りながら、向かいに座るリージアにたずねた。
「……うん」
リージアは表情を曇らせて、紅茶のカップに口をつけた。
「無理に来いとは言わないが、代わりに質問攻めにあうのも些か疲れてきた」
ため息をついてジェイは肩をすくめた。
「ごめん……でも、怖くて」
「……謝るほどじゃない。仕事はこなしているんだし、わざわざ嫌な思いをするほど夜会に価値はないさ」
「ジェイ……」
「君はもともとああいった場が苦手だろう、いっそこのまま姿を隠すのも手かもな」
冗談めかしてジェイが笑う。リージアは苦笑しながらどこか安堵した表情を浮かべた。
「隠れて、しまおうか」
「?」
リージアは木漏れ日の揺れる窓の外を見ながら呟いた。ジェイが首を傾げると、視線を合わせずにまた笑った。
「いや、しないよ。これ以上は逃げないって決めたんだ」
「ほう?」
「……会合も、そのうちに行くよ」
そう言ってカップに視線を落とす。ジェイはその様子を眺めながら、自身も紅茶を飲んで無言を作った。小鳥のさえずりが室内を無音にさせまいとする。
「覚悟を決めるようなことがあったのか」
間をおいて、ジェイが口を開いた。リージアは顔をあげると、強めに握っていたカップを卓に戻した。
「ねえ、ジェイ?」
「なんだい」
「……僕は、誰かの役に立てているかな」
リージアの瞳がまっすぐにジェイを見つめる。それに応えるように、あるいは見透かすように、ジェイも視線を返す。
「僕は、君の、役に立っているかい」
「……」
「ずっと助けられてきた。僕には何も返せている気がしないんだ」
ジェイの瞼がゆっくりと上下する。
「友人に、貸し借りは無用だ」
「ジェイ」
「君は弱い」
リージアを見据えてジェイは唐突に言った。さえずりが止んで、今度こそ室内が静寂に満ちた。
「そう、だね」
「弱くて頼りがいのない奴だ」
「うん」
「そんな君には取り柄がある」
「……?」
ふ、と息をつくようにジェイが笑った。どこか自嘲するような、諦めたような笑み。
「なあリージア、自信を持てよ」
「自信、かい」
「……俺は、君のお人好しに救われたよ」
「!」
リージアは目を見開いてジェイを見つめた。ジェイはそんな彼から目をそらして俯く。前髪に隠れて表情が見えなくなった。風が木々を揺らす音に混じって鳥の羽ばたきが聞こえた。
「僕は、そんな」
「堂々としてろといったろ」
「でも」
「納得いかないなら、まあ後々返してもらうことにするよ」
再び見えたジェイの顔はいつもどおりだった。彼は体を後ろに倒して振り子のように立ち上がった。
「今日は帰るよ。お喋りしに来ただけだ」
「あ、ああ」
慌てたように立ち上がるリージアを背に、ジェイは扉の前で足を止めた。
「リージア」
「うん」
「明日も、来るよ」
半身を翻して、ジェイはにこりと笑った。鋭さのある右目が、リージアを映した。
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