六話 六の月十五日


「マリー、ちょっと」

婦長に呼ばれ、マリーは掃除の手を止めて声の元へ駆け寄った。

「はい」

「仕入れ先の新人ですって。倉庫に案内してくれる?」

婦長の指し示す先には、整った顔の少年が台車にもたれかかっていた。目を向けるとニコリ、と笑う。

「ウィステルです。臨時なので少しの間ですけど、よろしく」

頭を下げる動きで癖毛が揺れる。人懐っこい表情で差し出された手を、マリーは遠慮がちに握り返した。

「臨時がこちらに来るなんて珍しいわね」

彼の店にとってフラネーヴェ家は大事な得意先のはずだ。臨時雇いがこちらに回ってくることなどあっただろうか。

「実は従業員が何人も流行り病に。人手が足りなくて」

少年、ウィステルは小声になって言った。すれ違う使用人に笑顔で会釈しながら続ける。

「そっちに迷惑はかけませんから、どうか話の種には」

困り顔で手を合わせてくる。店で病が流行ったと噂が広まれば取引を打ち切られかねない。マリーは同情して頷いた。良い顔はこういう時に強い。

「ここが倉庫よ。裏口から来てもいいけど、多い時には外に直接つながる扉があるから一言声をかけてくれる?」

ウィステルは倉庫をくるりと見回したあと、マリーに向き直って流れるように手をとった。そのまま手の甲に口づける。

「多くなくても貴女には声をかけたいな」

「……!」

マリーは固まって頬を染めた。男性にこんな扱いをされたのは初めてだ。心臓が大きく脈打つ。

「案内ありがとうございました。また会えますように」

ウィステルは手早く荷を下ろすと、手を振って戻っていった。マリーはしばらく放心して動けなかった。



六の月十五日

クレナは良い子だ。まだ、ほとんど感情を見せていないけれど。僕になにかできるだろうか。君のように笑ってくれたらいいね、アレナリア。



音沙汰のない僕を訪ねて事情を知ったジェイは、珍しく困惑した面持ちだった。

「奴隷は勢いで買うものではないと思うが」

「その……僕も気づいたらといった感じで」

ジェイがため息をついて腕を組む。その瞳には呆れが浮かんでいたが、少し安堵したようにも見えた。

「前から思っていたが君は優しすぎる。もう少し他人に警戒心を持て」

「うん……」

「……まあ、今さら言っても仕方がないが。君の人形だ、好きにするがいいさ」

「人形だなんて。あの子だって人間だよ」

「そういうところが」

言いかけてジェイがやれやれといった風に口を閉じる。呆れられようとも、奴隷だからといってそこまで非情にはなれない。

「ともかく、少しは持ち直したようだな」

「……、そうかな」

「ああ、少なくとも死にそうには見えなくなった」

隻眼を細めてジェイが笑う。確かに、気持ちが幾分かましになっている気がする。

「悲しさは、消えないけど」

独り言のように呟くと、ジェイに強く背中を叩かれた。いい音がした。

「消されては困るな。彼女がなかったことにされたようだ」

「けほ、いや、そういうつもりじゃ」

「背負って生きろよリージア」

「!」

むせて折れた体を弾くように起こす。見上げたジェイは一瞬真剣な顔をしていたが、すぐに表情を和らげてまた笑った。

「……ありがとうジェイ」

「気にするな」

自分も口元が緩むのを感じる。久しぶりに笑えた気がした。

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