十三話 日常


「ずいぶん手をかけてるようじゃないか」

ジェイは中庭で本を読むクレナを眺めながら言った。

「ああ……美しいだろう?まるで絵画みたいに」

つられて中庭に目を向けたリージアはふわりと笑った。

「君は好意を贈り物で示す部類だな」

「そう、かな。確かに、僕の贈ったものを身につけてくれるのは嬉しいよ」

照れたようにリージアが言った。ジェイは腕を組みながらふ、と息をついた。

「奴隷に入れこみすぎると良くないぞ」

「……奴隷だなんて思ってない」

「君があの子をどう思うかは自由だがな。使用人を困らせてやるな」

言いながらジェイの目線がクレナを通り越した。支柱のそばに一人の侍女が複雑な表情で立っている。彼女の瞳はじっとクレナを睨んでいるようだった。

「……あの侍女は、あまりクレナを良く思っていないようで」

 リージアは椅子にもたれながら苦笑した。

「クレナのほうも好きではないみたいだ」

「なにかあったのか?」

「少しね」

リージアは言葉を濁した。ジェイは少しの間クレナのほうを見つめると、思い出したように手を伸ばして盤上の駒をずらした。

「チェックだ」

「あっ、そっちか……」

リージアが考え込む。ジェイはリージアのつむじを何の気なしに見つめた。

「回復してよかった」

「うん?」

「正直後を追うんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだ」

「……君とクレナのおかげだ」

「はは、後者が八割なんだろう」

「そんなことは」

言いながらリージアの手が駒に触れる。白王は敵軍から逃げ仰せた。

「君がいなかったら追っていたかな」

「それだと彼女と会ってもいなかった」

「そうだね。そう考えると、僕の人生において君は必要不可欠だ」

リージアがはにかんで言った。ジェイは隻眼を普段より大きく開いてリージアを見た。

「それは告白か」

「ははは」

リージアが屈託なく笑う。クレナがその声に反応して、本から二人の方に顔を上げた。

「君が女性だったら受けてくれるかい」

「家柄は申し分ないがな」

一度引いた黒軍が白騎士の襲撃に散る。ジェイはわざとらしくリージアを値踏みしてみせた。

「頼りない殿方は好みではないな」

「うーん、鍛えようかな」

「君は体が強くないだろ、三日で倒れるさ」

「酷いな」

黒王妃の反撃に白騎士が倒れた。

「君はそのままでいいさ」

「このままじゃ、不安じゃないかい」

「多少はな」

白軍の攻撃をかわして黒王妃が白王に迫る。

「僕も君のように器用だと良かったんだけど」

「君みたいのは不器用なほうが得をするのさ」

「そうかな……と、もらうよ」

白僧正が黒王妃を亡きものにした。ジェイは盤上を眺めて薄く笑った。

「久しぶりに勝てそうじゃないか」

「……君がそう言うときは罠があるんだ」

「ははは、学習したな」

ジェイは笑って駒を進めた。白軍の懐に潜り込んだ歩兵が牙を剥く。

「王妃の復活といこうか」

「……気づかなかったとは」

「チェック」

蘇った黒の王妃が白王に刃を突き立てる。リージアは前屈みになってじっと盤上を見つめたあと、ため息をついて椅子に逆戻りした。

「また僕の負けだ」

「前より上手くなったさ」

「次は勝ってみせるよ」

リージアが意気込む。ジェイはリージアから視線を外して微笑した。

「次が楽しみだな」




「守備は?」

「上々だ」

「……はっ、ここまで長かった」

「回りくどいことして、俺はいらなかったんじゃねぇのか」

「いや、これでいい。最高の舞台だ」

「そんなに憎いかよ」

「憎いね、憎いとも。憎たらしい大貴族様だ」

「……」

「決行は、そうだな。三日後にしよう」

「……なぁジェスター」

「あ?」

「……いや、いい。いつも通り、だな」

「ああ、任せたぜ相棒」

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