十三話 日常
*
「ずいぶん手をかけてるようじゃないか」
ジェイは中庭で本を読むクレナを眺めながら言った。
「ああ……美しいだろう?まるで絵画みたいに」
つられて中庭に目を向けたリージアはふわりと笑った。
「君は好意を贈り物で示す部類だな」
「そう、かな。確かに、僕の贈ったものを身につけてくれるのは嬉しいよ」
照れたようにリージアが言った。ジェイは腕を組みながらふ、と息をついた。
「奴隷に入れこみすぎると良くないぞ」
「……奴隷だなんて思ってない」
「君があの子をどう思うかは自由だがな。使用人を困らせてやるな」
言いながらジェイの目線がクレナを通り越した。支柱のそばに一人の侍女が複雑な表情で立っている。彼女の瞳はじっとクレナを睨んでいるようだった。
「……あの侍女は、あまりクレナを良く思っていないようで」
リージアは椅子にもたれながら苦笑した。
「クレナのほうも好きではないみたいだ」
「なにかあったのか?」
「少しね」
リージアは言葉を濁した。ジェイは少しの間クレナのほうを見つめると、思い出したように手を伸ばして盤上の駒をずらした。
「チェックだ」
「あっ、そっちか……」
リージアが考え込む。ジェイはリージアのつむじを何の気なしに見つめた。
「回復してよかった」
「うん?」
「正直後を追うんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだ」
「……君とクレナのおかげだ」
「はは、後者が八割なんだろう」
「そんなことは」
言いながらリージアの手が駒に触れる。白王は敵軍から逃げ仰せた。
「君がいなかったら追っていたかな」
「それだと彼女と会ってもいなかった」
「そうだね。そう考えると、僕の人生において君は必要不可欠だ」
リージアがはにかんで言った。ジェイは隻眼を普段より大きく開いてリージアを見た。
「それは告白か」
「ははは」
リージアが屈託なく笑う。クレナがその声に反応して、本から二人の方に顔を上げた。
「君が女性だったら受けてくれるかい」
「家柄は申し分ないがな」
一度引いた黒軍が白騎士の襲撃に散る。ジェイはわざとらしくリージアを値踏みしてみせた。
「頼りない殿方は好みではないな」
「うーん、鍛えようかな」
「君は体が強くないだろ、三日で倒れるさ」
「酷いな」
黒王妃の反撃に白騎士が倒れた。
「君はそのままでいいさ」
「このままじゃ、不安じゃないかい」
「多少はな」
白軍の攻撃をかわして黒王妃が白王に迫る。
「僕も君のように器用だと良かったんだけど」
「君みたいのは不器用なほうが得をするのさ」
「そうかな……と、もらうよ」
白僧正が黒王妃を亡きものにした。ジェイは盤上を眺めて薄く笑った。
「久しぶりに勝てそうじゃないか」
「……君がそう言うときは罠があるんだ」
「ははは、学習したな」
ジェイは笑って駒を進めた。白軍の懐に潜り込んだ歩兵が牙を剥く。
「王妃の復活といこうか」
「……気づかなかったとは」
「チェック」
蘇った黒の王妃が白王に刃を突き立てる。リージアは前屈みになってじっと盤上を見つめたあと、ため息をついて椅子に逆戻りした。
「また僕の負けだ」
「前より上手くなったさ」
「次は勝ってみせるよ」
リージアが意気込む。ジェイはリージアから視線を外して微笑した。
「次が楽しみだな」
*
「守備は?」
「上々だ」
「……はっ、ここまで長かった」
「回りくどいことして、俺はいらなかったんじゃねぇのか」
「いや、これでいい。最高の舞台だ」
「そんなに憎いかよ」
「憎いね、憎いとも。憎たらしい大貴族様だ」
「……」
「決行は、そうだな。三日後にしよう」
「……なぁジェスター」
「あ?」
「……いや、いい。いつも通り、だな」
「ああ、任せたぜ相棒」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます