紡ぎ花
輪円桃丸
1話 五の月十一日
*
バルローズ郊外、鬱蒼と茂る森。薄暗く、凶暴な獣も棲むといわれ、誰も近づく者はいない。つまり、格好の隠れ場所。
袋に分けられた硬貨を数え終わった男が、ふむ、と髭の生えた顎を撫でた。
「そろそろ次の獲物が必要だな」
「オレもそう思ってたぜ。どうしやす、ジェスターの兄貴」
髭の男に賛同した丸刈りの男が、背後に座る人影に声をかける。
ジェスターと呼ばれた人影はゆっくりと煙草の煙を吐き出し、鋭く光る隻眼を空へ向けた。緩く束ねた長い髪が肩から滑り落ちた。
「そうだな……そろそろあいつを使ってもいい」
低い声がそう告げると、男たちがにわかに浮き足立つ。
「へへ、久しぶりにでかい獲物だ」
「また根こそぎ奪ってやるぜ」
「はしゃぐんじゃねぇよ莫迦共」
一喝され、男たちが頬を叩いて仕切り直す。人影は音もなく立ち上がり、口角をわずかに上げた。
「行け」
数人の声が短く答え、散り散りに小屋から離れていった。
*
五の月 十一日
今日は彼女とドレスを仕立てに行った。綺麗に広がる花びらのような作りにするように頼んだ。このドレスを着る可憐な姿を思い浮かべるだけで幸せな気持ちだ。嗚呼、愛しているよ、アレナリア。
「来月結婚するんだって?」
友人のジェイが果実酒のグラスを傾けながら尋ねた。
「うん」
はにかんで答える。本当はなんでもない顔でいたいのだけど、自然と頬が緩んでしまう。
「やっと、といったところか。随分奥手な殿方だったな」
「しかたないじゃないか。彼女と会うたびドキドキしてしまって」
「最初の頃はこっちが恥ずかしくなるくらいだったな」
ジェイは目を細めて笑った。目つきが悪い上に眼帯などしているから怖がられがちだが、彼女と僕の仲を取り持ってくれた面倒見のいい男だ。彼女の遠縁にあたる血筋らしい。
「まあ、ふたりが結ばれるなら何よりだ」
「ジェイ、君がいてくれて感謝しているよ。本当にありがとう」
彼に向き直って礼を言うと、ジェイは少し目を大きく開いて、吹き出すように笑った。
「はは、もしかしてまだ『僕なんかと仲良くしてくれて』なんて思ってるんじゃないだろうな」
答えあぐねる。たしかにまだその気持ちはあった。僕は誰かの友人たる器ではない。
「それは、まあそれとしてだよ」
「もっと堂々としてろと言っただろ。そんなんじゃあの子に愛想つかされるぞ」
「う……頑張るよ」
ジェイに肩を叩かれると、少し背筋が伸びる。そうだ、貴族たるもの毅然と振舞わなくては。
深呼吸して姿勢を正すと、ジェイは口元を隠して身を震わせていた。何かおかしかっただろうか。
背後で弦楽器が曲を奏ではじめた。散って談笑していた者達が広間に集まって手を取り合う。
「踊らないのか」
「……転ぶと格好つかないから」
「君らしい理由だな」
そう言ってグラスをこちらに掲げてくる。僕も倣って手のグラスを持ち上げた。
「君らのゆく道に神の祝福があらんことを」
涼しげな音が響いた。
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