紡ぎ花

輪円桃丸

1話 五の月十一日


バルローズ郊外、鬱蒼と茂る森。薄暗く、凶暴な獣も棲むといわれ、誰も近づく者はいない。つまり、格好の隠れ場所。

袋に分けられた硬貨を数え終わった男が、ふむ、と髭の生えた顎を撫でた。

「そろそろ次の獲物が必要だな」

「オレもそう思ってたぜ。どうしやす、ジェスターの兄貴」

髭の男に賛同した丸刈りの男が、背後に座る人影に声をかける。

ジェスターと呼ばれた人影はゆっくりと煙草の煙を吐き出し、鋭く光る隻眼を空へ向けた。緩く束ねた長い髪が肩から滑り落ちた。

「そうだな……そろそろあいつを使ってもいい」

低い声がそう告げると、男たちがにわかに浮き足立つ。

「へへ、久しぶりにでかい獲物だ」

「また根こそぎ奪ってやるぜ」

「はしゃぐんじゃねぇよ莫迦共」

一喝され、男たちが頬を叩いて仕切り直す。人影は音もなく立ち上がり、口角をわずかに上げた。

「行け」

数人の声が短く答え、散り散りに小屋から離れていった。



五の月 十一日

今日は彼女とドレスを仕立てに行った。綺麗に広がる花びらのような作りにするように頼んだ。このドレスを着る可憐な姿を思い浮かべるだけで幸せな気持ちだ。嗚呼、愛しているよ、アレナリア。


「来月結婚するんだって?」

友人のジェイが果実酒のグラスを傾けながら尋ねた。

「うん」

はにかんで答える。本当はなんでもない顔でいたいのだけど、自然と頬が緩んでしまう。

「やっと、といったところか。随分奥手な殿方だったな」

「しかたないじゃないか。彼女と会うたびドキドキしてしまって」

「最初の頃はこっちが恥ずかしくなるくらいだったな」

ジェイは目を細めて笑った。目つきが悪い上に眼帯などしているから怖がられがちだが、彼女と僕の仲を取り持ってくれた面倒見のいい男だ。彼女の遠縁にあたる血筋らしい。

「まあ、ふたりが結ばれるなら何よりだ」

「ジェイ、君がいてくれて感謝しているよ。本当にありがとう」

彼に向き直って礼を言うと、ジェイは少し目を大きく開いて、吹き出すように笑った。

「はは、もしかしてまだ『僕なんかと仲良くしてくれて』なんて思ってるんじゃないだろうな」

答えあぐねる。たしかにまだその気持ちはあった。僕は誰かの友人たる器ではない。

「それは、まあそれとしてだよ」

「もっと堂々としてろと言っただろ。そんなんじゃあの子に愛想つかされるぞ」

「う……頑張るよ」

ジェイに肩を叩かれると、少し背筋が伸びる。そうだ、貴族たるもの毅然と振舞わなくては。

深呼吸して姿勢を正すと、ジェイは口元を隠して身を震わせていた。何かおかしかっただろうか。

背後で弦楽器が曲を奏ではじめた。散って談笑していた者達が広間に集まって手を取り合う。

「踊らないのか」

「……転ぶと格好つかないから」

「君らしい理由だな」

そう言ってグラスをこちらに掲げてくる。僕も倣って手のグラスを持ち上げた。

「君らのゆく道に神の祝福があらんことを」

涼しげな音が響いた。

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