第4章 それぞれの結末
(1)醜態
前夜、近衛騎士団に押し入られた挙句、屋敷の一部を破壊されたジェストの機嫌は悪かった。加えて朝食を食べ終わらない時間帯に王宮からの呼び出しを受け、急いで身支度を整えて馬車に飛び乗った事で、それに拍車がかかっていた。
(ユリエラがいなくなっているのが分かって、朝から使用人達が騒いでいる時に、陛下と王太子殿下連名での出頭命令が下るとは間が悪過ぎる)
馬車の中で盛大に舌打ちをしたジェストは、娘と同時に三人の使用人がいなくなっていた事実から、ユリエラがその三人と行動を共にしているのだろうと見当をつけていた。
(ユリエラの書き置きはあったが、姿を消している使用人が三人もいるし、そいつらに脅されて書かされたに違いない。マークスの嫁にやる話は無くなったが、他にも伝手や金になる縁談は幾らでもある。だが傷物になったなどと噂が立ったら良い所に嫁がせられないから、その前に居場所を探し出して連れ戻さないとな)
所在不明のユリエラの身を案じるどころか、ジェストが気にしているのは貴族としての体面と、彼女の利用価値のみであった。
(しかし、今回の出頭……。どうせ近衛騎士団が私の罪状を挙げて、正式に告発しようとしているのだろうが、ろくな証拠も無いくせに。返り討ちにして、騎士団の無法ぶりを陛下と王太子殿下に訴えて、吠え面をかかせてやるぞ。今に見ていろ!)
昨晩の怒りをぶり返した上に増幅させたジェストが、微塵も恐れ入る事無く馬車の向かい側の壁を睨み付けている間に、無事に王宮に到着した。
「ペーリエ侯爵がご入場いたします」
待ち構えていた官吏に先導されて王宮内を進んだジェストは、予想通り謁見室に案内された。そして侍従に促されて室内に足を踏み入れた彼は、まっすぐ玉座の前に進み、そこから少し離れた所で足を止める。
「陛下、王太子殿下。御尊顔を拝し」
「ああ、ペーリエ侯爵。挨拶はよい。今日ここに、呼び立てられた理由は分かっているか?」
王太子のジェラルド、近衛騎士団長のバイゼルを初めとする、数人の側近達を両脇に控えさせた国王のノーティスが、傍目には穏やかに尋ねると、挨拶を遮られて一瞬気分を害したような表情を見せたジェストはすぐに気を取り直し、わざとらしく言い出した。
「近衛騎士団の、怠慢故でございますな。誠に嘆かわしい事です」
「ほう? それはどういう意味かな?」
「お聞きくださいませ、陛下。昨夜あろう事か近衛騎士団は、建国以来の名家の当主であるこの私に、ジャービスの密輸と密売などに手を染めていると根も葉もない疑いをかけた挙げ句、屋敷を破壊したのです!」
「破壊とは、穏やかでは無いな。それではそなたの思うところを、遠慮無く口にしてみよ」
「勿論でございます!」
国王に促されたジェストは、勢い込んで訴え始めた。そしてひとしきり彼が近衛騎士団に対する非難と抗議の言葉を口にしてから、ノーティスが手振りでそれを止めさせ、彼の話を纏める。
「ペーリエ侯爵、そなたの言い分は分かった。つまり貴公はジャービスの密輸入及び密売には全く関係が無く、マークス・ダリッシュやブレダ、タシュケルと申す者達とも、顔を合わせた事はあるが、親しく語らった事など無いと主張するのだな?」
「陛下の仰る通りでございます! そもそも名家の当主たる私が、たかが商売人風情と親しく語らう事など、ある筈がございません! 奴らは金儲けの為なら法を犯す事を厭わない、誠に心根の卑しい輩でございます!」
「なるほど……。心根が卑しいか……」
「左様でございます!」
嬉々として強弁した挙げ句、胸を張ったジェストを見たノーティスは、ジェラルドに思わせぶりな視線を向けた。それを受けた彼もしらけきった表情で頷く中、その無言のやり取りの意味に気が付かないジェストが、益々調子に乗って訴えを続けた。
「加えてマークス・ダリッシュなどは貴族の端くれでありながら、陛下さえも平然と欺く、人品卑しい恥知らずでございます!」
「どうして貴公は、そこまで断言できるのだ?」
「マークス・ダリッシュは王家が主催しておられる篤志芸術展に、恥じる事無く他人の絵を自らの絵として出品し、偽りの名声を手にしたのです! 陛下を欺く行為をして、恥じる事も無いなど言語道断でありましょう!」
「それが事実なら、確かに恥知らず極まりないな」
「誠に、その通りでございます!」
暴露話を聞いたノーティスは重々しく頷いたが、そこで冷静に問い返した。
「それが事実ならな。貴公はどうして、その事をを知っているのだ?」
「は?」
「貴公は先程名前を挙げた者達とは『顔を合わせた事はあるが、親しく語らった事など無い』と発言した。しかし、それならどうしてマークス・ダリッシュの秘密などを知っているのかと聞いている」
そう指摘された瞬間、ジェストは調子に乗って喋り過ぎたのを悟って顔色を変えた。そして室内に居る全員から冷え切った視線を向けられる中、しどろもどろになりつつ弁解する。
「そ、それは、ですな……。その……、風の噂で、そのような事を……、聞き及んだ事が、あるような……」
「貴公は風の噂で耳にしたに過ぎない内容を、さも真実のように声高に吹聴するのか? そのような振る舞いは、建国以来の名家の当主が為す事では無いと思うが?」
「…………」
半ば当てこすりに近い事を言われたジェストだったが、相手が国王であるため口を噤んだ。ここでノーティスが話を進める。
「それはともかく、貴公の主張は良く分かった。この際、当事者同士で存分に語り合って貰おうではないか。バイゼル」
「かしこまりました」
「当事者同士?」
ジェストが困惑する中、国王から命を受けたバイゼルが頷き、謁見室の壁際に控えていた近衛騎士に指示を出した。
「全員、こちらに入れろ。それから猿ぐつわも外してやれ」
「はっ!」
「了解しました!」
「ほら、お前達、さっさと入れ!」
「なっ!?」
バイゼルの命を受けた騎士達が目の前にある扉を開け放ち、その向こうで後ろ手に縛られて猿ぐつわをかけられていた三人の男を、謁見室に引き入れた。その男達を一目見た瞬間、ジェストがはっきりと顔色を変え、バイゼルがそんな彼に苦笑いしながら告げる。
「いやはや……、昨夜から今朝にかけて個別に取り調べをしても、一向に話が噛み合わないもので難儀していたのだ。それでこの際全員集めて、話をきいてみようと言う事になってな。貴公の今までの主張は、彼らに全て聞いて貰っていた」
「……っ!」
そこでジェストが歯ぎしりしたのと同時に、猿ぐつわを外されたブレダとタシュケルとマークスが、一斉に彼を罵倒し始めた。
「今まで随分と、言いたい放題言ってくれたじゃねぇか! この恥知らずの貧乏貴族風情が!」
「人品卑しいのは、てめぇの方だろうが! そもそも名家なんてメッキの看板掲げて、『良く効く薬だ』って貴族連中に勧めて麻薬漬けにしたのは貴様だろ!」
「俺達に責任転嫁して、自分だけは無関係だと言い張る気か! ふざけるな!! 密売の利益の分配割合を、自分が一番多くさせていたくせに!」
しかしここでジェストは往生際悪くノーティスに向き直り、自分の無実を声高に訴え始めた。
「陛下、誤解です! 私は何も知りません! こんな無頼の輩の言う事など、耳を傾けてはなりませんぞ! 証拠もないのに私を陥れようとして、口裏を合わせているに過ぎません!」
「証拠ならある。ペーリエ侯爵にお見せしろ」
「はい」
「……え?」
そこですかさずバイゼルが断言し、控えていた別の騎士を促した。すると彼は手にしていた書類をジェストの前で、次々とかざして見せる。
「昨夜の捜索で、書斎の金庫の中から押収した物だ。貴公がなかなか用心深くて、符号を使って書いていたので最初何だか分からなかったが、その者達に見せたら全員『自分は首謀者では無い』と主張しながら、こぞって解析に協力してくれてな。実に助かったぞ」
「それは……」
示された書類を目にして茫然自失状態になったジェストに対し、それを手にしている騎士が説明を加える。
「調査の結果、これが密売利益の分配割合の取り決め書、これが全ての密輸ルートの一覧表、これが顧客リストで、これが」
「どうしてこれがここにある!」
いきなり叫んで問い質したジェストに、バイゼルがとぼけた口調で答える。
「はぁ? さっき言っただろうが。聞いていなかったのか? 昨夜、貴公の屋敷の金庫から」
「そんな筈は無い! でっち上げだ!」
「ほう? どうしてそう言い切れる?」
「それは少し前に、金庫から金品と一緒に盗まれたんだ! だから昨夜、金庫から回収された筈がない!」
必死に弁明しようとしたジェストだったが、それを聞いたバイゼルが獰猛な肉食獣の笑みを見せた。
「なるほど……。それらの書類が、確かに貴公の屋敷の金庫に存在していた事を、貴公自身が証明してくれたわけだ。礼を言うぞ」
「なっ……!?」
「確かにこれは、昨夜貴公の屋敷の金庫から押収された物ではない。少し前に屋敷に忍び込んだ盗人を捕縛した時に、一緒に持っていた物を回収した物だ」
「…………っ!」
淡々とバイゼルが告げると、ジェストが言葉を失い蒼白になった。そんな彼に向かって、背後から嘲笑が浴びせられる。
「はっ! 馬鹿じゃねぇのか?」
「自分で墓穴掘りやがったぞ」
「自分だけ助かろうなんて甘いんだよ」
それを耳にしたジェストが怒りで顔を赤く染める中、落ち着き払った声が響いた。
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