(16)近衛騎士団の乱入

 夜も遅い時間になりつつあり、ジェストがそろそろ寝ようかと椅子から立ち上がったところで、正門の方から伝わってきた喧騒に、無言で顔を顰めた。

(何だ? 随分騒々しいな)

 疑問に思いつつも机上の物を片付けて書斎を出ようとした時、ノックもせずに執事長のダレスが飛び込んで来る。


「だっ、旦那様、大変です!」

「ダレス、何事だ。もうそろそろ休む時間なのに、騒いでいる馬鹿者は誰だ? さっさと静かにさせないか」

 益々不愉快そうに言いつけたジェストだったが、ダレスは激しく首を振った。


「この騒動は、屋敷の使用人が引き起こしているわけではありません! 近衛騎士団が、門扉を打ち破っている最中なのです!」

 それを聞いたジェストは、驚愕して叱りつけた。


「何だと!? どうして止めさせない! そんな暴挙がまかり通って、良いと思っているのか!?」

「ですが現に、至急取り調べる事があると仰いまして! 私が門まで出向いて制止しても、一向に聞き入れて貰えません!」

 悲鳴じみた声を上げたダレスだったが、ジェストは相手を叱りつけた事ですぐに冷静さを取り戻し、鼻で笑った。


「はっ! どうせ例のジャービス絡みだろうが、幸いと言うか何というか、本当に外に漏れたら拙い物は、この前金品と一緒に盗っ人に盗られてしまっているからな」

 そう指摘されたダレスが、救われたように明るい表情になって頷く。


「そう言えばそうでした! これぞ神のお導きですな!」

「全くだ。押し入っても、何も出てくる筈がない。ご苦労な事だ。この機会に近衛騎士団の体たらくを、思う存分吹聴してやるぞ。奴らの暴挙で被った、被害総額もきちんと出しておけ。明日早速陛下に謁見を願い出て、騎士団の無作法ぶりを訴えてやる。そうすれば奴らも暫くは、おとなしくなるだろう」

「畏まりました」

 すっかり余裕を取り戻した主従がほくそ笑んでいると、他の若い執事が血相を変えて書斎にやって来た。


「執事長! 旦那様! 大変です! 近衛騎士団の方々が、玄関の扉を戦斧で打ち壊そうとしております!」

 それを聞いたジェストは、わざとらしく憂える口調で応じる。


「何と野蛮な……。そんな連中が陛下の身近に侍っているとは、本当に嘆かわしい。今回の事はきちんと陛下にご説明申し上げて、騎士団上層部の刷新を図るべきだな」

「誠に、その通りでございますね」

「取り敢えず、馬鹿どもを出迎えてやるか。どうせ聞く耳持たんと思うが、一言抗議してやらんとな」

「ご苦労様です」

 ダレスを従えてジェストが玄関ホールに向かうと、彼らがそこに到達した時、ちょうど玄関の扉が破られて、騎士達が玄関ホールに大挙してなだれ込んで来るところだった。


「ペーリエ侯爵ジェストは居るか!?」

 先頭に立つケインが大声で呼ばわった為、ジェストは自身の優位性を示すように、尊大な態度で相手を恫喝しようとした。


「これはこれは……、このような遅い時間に、先触れも無しに何事ですかな? 挙げ句の果て、門扉と玄関まで問答無用で破壊するとは、陛下から王都の治安を預かる黒騎士隊のなさる事とは思」

「マークス・ダリッシュに対する殺害教唆、及び、ジャービスの密輸入と密売について捜索する! 全員、速やかに証拠を押さえろ!」

「はい!」

 しかしジェストの話など聞く耳持たずと言った態度でケインが宣言し、部下に指示を出す。それに従って一斉に屋敷の奥に向かって殺到した騎士達と集まって来た使用人達の間で、小競り合いが生じた。


「お待ちください!」

「いきなり何をなさるんですか!」

「そこをどけ!」

「邪魔をすれば斬るぞ!」

「副隊長の許可は出ているんだ!」

 しかし丸腰の使用人達では相手になる筈もなく、恫喝されて、すぐに騎士達に道を譲る。ケインも騎士達に続いて奥へと進んだが、さすがに腹に据えかねたジェストが、彼に追い縋りながら激しく抗議した。


「この暴挙は何のつもりだ!?」

「先程言ったのが、聞こえなかったのか? 頭も悪ければ耳も悪いらしいな」

「貴様……、後から後悔するなよ? 陛下にこの暴挙を奏上して、貴様を破滅させてやる」

「できるものならやってみろ」

 並んで歩きながら、全く恐れ入る事無く平然と言い返したケインを、ジェストは憎悪を含んだ眼差しで睨み付けた。しかしそれは、二人が書斎のドアの前に到達するまでだった。


「副隊長! 書斎の扉に鍵がかかっていて、開きません!」

 複数人の騎士がドアを押し開けようと試みている中、その中の一人が上司に報告すると、ジェストは訝しげな顔になり、ケインは皮肉気な表情で彼を見やる。


「え? そんな筈は……」

「ほうぅ? よほど余人に見られたくない物を隠しているらしいな。構わん、そこも叩き壊せ」

 その指示を受けて、部下達がドアを壊しにかかるのを眺めてから、ケインがジェストに冷え切った視線を向けた。


「要らぬ抵抗だな。施錠しておけば、諦めるとでも思ったか?」

 そして再びドアに視線を向けたケインから少し距離を取ったジェストは、ダレスに近寄って軽く睨む。

「ダレス?」

 余計な事はするなと無言で圧力をかけたジェストだったが、ダレスは予想外の事を囁き返した。


「いえ、私どもは書斎に鍵などかけておりません」

「どういう事だ?」

 不安そうに報告されたジェストは、自分の知らない所で、何か予想外の事が起こっているのではとの疑念に駆られたが、すぐに目の前の光景に意識が移った。


「副隊長、開きました!」

「よし、金庫の中を改めろ。あと隠し収納の類も、徹底的に探せ」

「はい!」

 ドアを打ち破った騎士が報告し、ケインが即座に指示を出す。そして彼自身も書斎内に足を踏み入れたが、ここで部下の一人が歩み寄り、人目につかないようにある物を手渡した。


「……副隊長」

「ああ」

 自然な動きで掌で受け取った物を、ジェスト達に分からないように確認すると、そこに細目の紐を認めたケインは、誰にも気づかれないように小さく笑った。


(なるほど。扉を施錠しなくとも、内側からドアノブを紐で縛り付けておけば、開く筈はないな。時間稼ぎ、ご苦労)

 騎士達が派手に室内を荒らしているのを眺めながら、ダレスは自分の周囲に集まってきた部下達を、小声で叱責した。


「お前達、書斎に鍵をかけたのか? 余計な事はするな。変に怪しまれるだろうが」

 しかし他の使用人達が、揃って首を振る。

「私達は何もしていません。それに執事長、何だか変です。騎士の方々は迷わずまっすぐ、この書斎まで来ているんです」

 それを聞いたダレスは、すぐにその異常さに気が付いた。


「何だと? 他の部屋を一つも開けずにか?」

「はい。まるで書斎の位置が、完全に分かっているような行動でした」

「……どういう事だ?」

 ここでダレスが、その顔にはっきりとした不安の色を浮かべる中、騎士達は気合いを入れて室内を荒らし回った。


「おい、金庫があったぞ!」

「よし、万能鍵で開けられるか試してみろ!」

「机の引き出し内を捜索しましたら、二重底になっている箇所がありました!」

「内部に入っている物は、全て回収だ!」

「取り残すなよ! 他にも無いか、徹底的に探せ!」

 屋敷の使用人達がなすすべなく彼らを見守る中、ジェストが怒りを露わにしながら再びケインを怒鳴りつける。


「貴様! こんな暴挙が、本当に許されると思っているのか!?」

「さぁな。許されるかどうか、試してみたいと思っているが?」

「この痴れ者が!」

 ジェストの抗議を変わらずケインは受け流したが、そんな彼らが預かり知らない所で、ちょっとした予想外の出来事が起きていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る