(7)密輸の手段

 ナスリーンからの呼び出しで、勤務中に呼び出されたアルティナは、途中で合流したリディアと共に隊長室へと向かった。すると室内にはナスリーンの他にアトラスまで居て、何事かと思ったものの、二人はそれを口に出さずに頭を下げた。


「リディア、アルティナ。呼び立ててすみません。実はあなた達に、相談したい事があります」

「なんでしょうか?」

(ここにアトラス隊長がいるって事は、例の頼みたい事かしら?)

 その疑念は、次にアトラスが発した言葉で、更に深まった。


「二人とも、仕事中に悪いな。実はお前さん達に画商を回って欲しいんだ」

「画商、ですか?」

「俺の故郷はログナー伯爵領のタストでな、引退後はそちらに引っ込んで近所の騎士志望のガキどもを鍛えたりしていたんだが、ご領主様から相談を受けたんだ。二人とも、ログナー伯爵領位置は分かるか?」

 微妙に話が逸れた様に感じたアルティナだったが、リディア同様素直に頷いて答えた。


「ええと……、ログナー伯爵領は、国の南端に当たりますよね?」

「そして伯爵領の中でも、タストはクリーデア国と接していて、関所があるのでは?」

「その通りだ。クリーデア国からよからぬ物が国内に持ち込まれるのを、そこで防いでいる」

 そこでそれなりの付き合いのあったアルティナは、かつての上司の言いたい事を素早く察した。


「……まさか、密輸絡みのお話ですか?」

「ジャービスの乾燥葉だ」

「麻薬ですか……」

 淡々と話を続けたアトラスだったが、アルティナは忽ち渋面になった。そんな二人を交互に眺めながら、リディアが少し驚いた様にアルティナに話しかける。


「本当に? それにアルティナ。庶民ならいざ知らず、あなたは公爵令嬢だったのに、どうしてジャービスの事なんて知っているの?」

「え、ええと、それは……。以前に兄から、何かの折りに聞いた事があって。何年か前から、庶民の間で浸透し始めているとか」

「そうだったの。緑騎士隊で、調査とかしていたのかしらね」

 冷や汗ものの弁解だったが、リディアがそれ以上突っ込んでこなかった為、アルティナは安堵した。それと同時に、少々苦々しい思いに駆られる。


(確かに継続して調査をさせてはいたけど、捕まえられたのは末端の売人だけで、密輸の大本締めは目星も付いて無かったのよね。“アルティン”が死んだ後も、調査は続けていた筈だけど……)

 そんな事を考え込んでいると、アトラスが肩から下げていた布袋から何かを取り出し、アルティナ達に向かって差し出した。


「二人とも、これを見て欲しいんだが」

「え? 何ですか? これは」

「組立式の額縁ですよね? しかもこの香り……、キャステル製だわ」

 反射的に受け取った、長さが異なる上、部分的に精密な彫刻が施された木片を見て、アルティナはその用途の見当が全く付かなかったが、リディアが即答した。それを聞いたアトラスが、満足そうに微笑む。


「ほう? 一目見ただけで、これが分かるか。やはりナスリーンに相談して正解だったな」

「リディアの亡くなった義理の父親は、腕の良い額装師だと聞いた事がありましたから」

「なるほど」

「あの……、どういう事でしょう?」

 全く話が見えなかったアルティナが控え目に口を挟むと、アトラスはナスリーンから二人に向き直って話を続けた。


「じゃあ順序立てて、説明するか。前々からログナー伯爵領では、ジャービスの匂いに反応する様に犬を訓練して、関所で荷物に紛れ込ませた密輸品を摘発していたんだが、この一年程は明らかに摘発回数と量が少なくなっていたんだ」

 それを聞いたリディアは、素朴な疑問を口にした。


「それは……、何らかの理由で密輸される薬の量自体が、減少したという事では無いのですか?」

「それとほぼ同時に王都の緑騎士隊から、『最近王都内でジャービスの流通量が増えた様に感じるが、国境沿いで何か異常は見られないか』と問い合わせが無かったら、俺もそう思っていたんだがな」

「…………」

 思わず顔を見合わせたアルティナ達に、アトラスが渋面になりながら話を続ける。


「それをログナー伯爵にお知らせして、前々から不審に思っていた伯爵と一緒に、徹底的に関所を通る荷を改めてみたら、それが出てきた。良く見てみろ。何か気付いた事は無いか?」

「よく見ろと言われましても……。え? 何、この空洞?」

 リディアに手渡された方には穴は開いていなかったらしく、アルティナの手元を覗き込みながら、彼女が解説を加えてきた。


「アルティナ、これは隠し穴よ。釘を使わずに組み立てて使う額縁の真ん中に穴をくり抜いておいて、そこに他人には見られたくない物をしまっておくの。昔の恋人からの手紙とか、宝石の粒とか。そして組み立ててしまえば、傍目には全然分からないでしょう?」

「そんな物が出回っているだなんて、全然知らなかったわ」

 本気で驚いたアルティナを見て、リディアは苦笑いの表情になる。


「確かに溝を作って組み合わせるのが難しいから、作れる職人は限られているし、絵に詳しくなければ知らないかもね」

「だが、お嬢さんがそれを知っているという事は、亡くなったお父上が作っていたのかな?」

 そこでさり気なく尋ねてきたアトラスに、リディアが真顔で頷く。


「はい。それにキャステル製の物は吸湿性がある上、特殊な香りで防虫効果もあるので、絵を守る上で額縁としては重宝されている反面、硬くて加工がしにくいので額装師泣かせだとも聞きました。ですが継父が若い頃所属していた工房で、キャステルの加工技術をみっちり仕込まれたそうで、方々から頼まれて、随分組立式の額を作っていた記憶があります」

「そうか……。ちなみにその工房の場所と名前は分かるかな?」

「確か……、シュレーダ伯爵領のアデンにある、マルタン工房だったかと……」

「一応、そこの出身者を当たってみるか」

 そこで独り言のように呟いたアトラスに、リディアが不思議そうに尋ねた。


「アトラス殿。この額縁が、先程の密輸の話とどう関係があるのですか?」

「近年、貴族だけでは無く、庶民の間でも芸術品の売買が盛んになってきているが……」

「はい、そうですよね? 陛下が篤志芸術展の開催を始めてから、それが顕著になりましたし」

 笑顔でそう述べたリディアだったが、アトラスは重々しく話を続けた。


「ジャービスの摘発が少なくなったのとほぼ同時期に、絵画の輸出入が異常とも思える割合で増えているんだ」

「……え?」

「それってまさか……」

 そこまで言われて、話の先が察せられないアルティナ達ではなく、二人揃って顔色を変えた。


「絵に傷が付いて、商品価値が下がったら困ると荷物を運んできた者にごねられて、担当者が詳しく調べるのに二の足を踏んでいたらしい。特にキャストル製の額縁は、こういう精巧な彫刻を施した物になると、それだけで芸術品扱いになるから尚更だな」

「なるほど……。加えて、その独特の香りでジャービスの匂いがごまかされ、訓練されていた犬が反応しなくなってしまったと」

「そういう事だ。これは偶々見つける事ができた物だ」

 アルティナが納得して頷いた横で、リディアが怒りも露わにアトラスに問いを発する。


「それではその隠し穴にジャービスの乾燥葉を詰めて、国内に密輸されているんですか!?」

「おそらく。それもかなりの量がな」

「許せないわ……、そんな事に絵や額縁を利用するなんて……」

 益々怒りが増幅されたらしいリディアが歯ぎしりし、アトラスがそれを見ながら困り顔で話を続けた。


「それで騎士団長に話を通して、緑騎士隊と一緒にこの何日か王都を探ってみたが、どうも良く分からん。絵画の流通経路を探ってみても、はかばかしく無くてな」

「どうしてですか?」

「こんな如何にも庶民のじじいが、画商に交渉して絵を見せてくれと言っても、怪しまれるだけだろうが」

 それを聞いたアルティナは、反射的にリディアを顔を見合わせてから、控え目に言ってみた。


「ええと……、緑騎士隊なら真正面から調べなくとも、隠密行動で忍び込むとか……」

「そうしても、緑騎士隊に所属している者の中に、絵の良し悪しや額縁の素材がパッと見て分かる奴はおらん」

(それもそうか……。だから手詰まりになったわけね)

 思わず納得して遠い目をしてしまったアルティナだったが、そんな彼女に如何にも残念そうに声がかけられた。

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